古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第五章 大祭前夜祭編】

62.隠蔽魔術の実装も終わり、さて帰りましょう



「ミディリースって誰だ?」
「さあ……」
 建築士たちがこそこそと話している。
 それに、反応するジブライール。

「ミディリースというのは!」
 彼女は大声を張り上げ、彼らを振り返った。
「閣下が近頃、特別に目をお掛けになられている家臣だ!」
 えっ! 衝撃の事実!
 俺、ミディリースに目を掛けてたの!?
 というか、少なくともジブライールはそう思っているということか。

「小さくて可愛らしい女子で、まるで小動物のような」
「デヴィル族ですか?」
 小動物のような、という言葉に反応するんじゃない、イタチくん!
「デーモン族だ!」
 なんでそんな激しい口調なの、ジブライール。
 それじゃあ、まるで……。

「さっきだって、まるでマーミル姫を抱き上げるように、なんのためらいもなく彼女を抱き上げられて……ミディリースの方も、ずっと閣下のマントを握りしめてくっついたまま!」
 怖い。
 目の前でぷるぷると震えている握り拳が、いつ俺の方へ向かってくるのかと思うと怖くてたまらない。

「なんだか申し訳ありません、閣下。やはり誤解だったのですね」
 おい!
 やはり誤解って、結局さっきは疑ったままだったんじゃないか!

「ミディリースはものすごい人見知りなんだ。なんたって、六百年も引きこもって誰とも話さなかったくらいだから」
「ではなぜ、閣下にはあんなに懐いているのですか!?」
「それはたぶん、文通するうちに徐々に親しみをもってくれ」
「だいたい、なぜ文通なぞなさってるのですか!? 同じ城に住んでいる間柄で、なぜ文通なぞする必要があるのですか?」
「なぜって、成り行き上というか、会いに行ったところで出てきてくれないから、せめて文章でやりとりを……」
「会いに……! 会いに!」
 ちょっと待って。なんで俺、こんな責められてる感じなの?
 何か悪いことしてるっけ?
 してないよな?

 あと、なんで他のみんなはそろそろと席を立ってるの?
 どこへ行こうとしてるのかな?
 そーっと一人ずつ部屋から出て行こうとしてるように見えるのは、気のせいかな?

「閣下も大変っすねー。さーせん、失礼しまーす」
 さっきから癇に障るイタチめ!
 なんだそのひょいと挙げた手は?
 あ、ちょっと待って!
 行くな、俺とジブライールの二人きりにしないでくれ!

「ミディリースに対して怒ってるのか? それとも、俺に対して?」
「別に、怒ってなど……」
「どう見ても怒ってるだろ。どうしたんだ、最近情緒不安定すぎないか」
 これ以上刺激しないよう、できるだけ優しい口調で語りかける。
 内容は、君、おかしい、だけどもな!

「わ……私は、おかしくなんて!」
 ジブライールは吐き出すように言ってから、突然何かに気づいたようにハッとした表情を浮かべた。
「おかしく……」
 よろよろと、テーブルに両手をつく。
「なって……いましたか?」
「……うん。ちょっと、な」
「ああああ」
 ジブライールは悲鳴のような声をあげながら、崩れ落ちるようにテーブルにつっぷした。

「……大丈夫?」
 俺の問いかけに、無言で頷くジブライール。
 とても、大丈夫には見えない。
 いつものジブライールらしくないじゃないか。
 そういえばこの間、体調を崩していたよな。
「まさかまた、熱でもあるんじゃないのか?」
 今度は首を横に振る。
「本当に大丈夫なら、顔をあげてくれ」
 いつもなら俺の言うことは聞いてくれるのだが、今回は反応がない。
「ジブライール?」
 こんな強情なジブライールは初めてだ。まるでマーミルを相手にしてるようじゃないか。

 ……マーミル、か。
 妹が相手ならこういうときはどうするかな?
 まず、機嫌を取るためにすることは……。

 俺はジブライールの頭にそっと手を置き、少し撫でてみる。
 すると、彼女の体がビクリと震えた。
「あ、ごめん」
 さすがに子供扱いしすぎたか?
「も……もう、一回……」
「え?」
「もう一回……その……今のを、してくださったら……顔をあげます」
 これは撫でろってことだよな?
 今のって、それしかないよな?

 俺はもう一度、ジブライールの頭に手を置き、さっきより長めに頭を撫でてみる。
 もういいだろうと思ってやめたが、すぐには反応がない。
 ややたってジブライールはそろそろと顔をあげた。

「顔が赤いようだぞ。念のため、今から医療班のところへでもいって、診てもらったらどうだ」
 また、無言で左右に首を振るジブライール。
 俺に対面するように、今は膝をついている。
 いつもなら背筋もシャキっと伸びているのに今日は丸まっているし、顔をあげても視線はうつむき加減だ。 「……大丈夫です。なんともありません」
 小声ではあったが、ようやく口をきいてくれた。
「この間もそう言っていたけど、結局サンドリミンが解熱したわけだし、やっぱり調子が悪いんじゃないのか?」
「違うんです。ただその……少し、興奮してしまったので……頬が赤いのは、そのせいです」
 あくまでジブライールは平気だと言い張るようだ。

「よし、わかった。じゃあこういうのはどうだ」
 顔はあげたが、いつもの心臓を射抜くような眼力がない。
「俺とミディリースは明後日までいる。だから、俺が明日からミディリースの仕事が終わるまでの二日間だけ、ジブライールの代わりに現場監督をする」
 正直、どうやって隠蔽魔術が行われるのかこの目で見てみたかったのだが、仕方ない。
「ジブライールは、俺の代わりにミディリースの面倒をみてやってくれ。といっても、彼女が指定する地点まで案内してくれるだけでいい」
 簡単な仕事だ。これなら少しは気も体も休まるだろう。

「つまり……明日と明後日……彼女のそばにいるのは、閣下ではなく私だと……」
「俺も、書類ばかり眺めているのはおもしろくないし、ぜひそうしてくれると助かるんだが、どうだろう?」
 そもそも、なんといってもここは魔王城建設地だ。
 ジブライールは俺の代理でいるのだから、足を運んだときくらいは自分で監督をやったっていいはずだ。と、いうか、やるべきだろう。

「異存ございません」
 よかった。
 そう的外れな提案でもなかったということか。
 ジブライールの瞳に、生気が戻ってきている。
 ミディリースは嫌がるだろうが、ジブライールは彼女に興味があるようだし、一緒にいるうちに慣れるだろう。
 ……たぶん。

「じゃあ、そういうことで……ところで、どうする? みんななぜか、出て行ってしまったんだが……呼び戻して、もう一度食事を再開するか?」
「いえ。彼らならもうきっと、別のところで騒ぎ直しをしていることでしょう」
 建築士たちについて言及するジブライールの口調は、冷たい。
 うん、いつものジブライールのようだ。

「ですが、よろしければ……私はこちらで、最後までお食事をいただきたいと……」
「ああそうだな。まだスープしか飲んでないからな」
 というか、あいつらがいなくなったのはわかるが、なぜ誰も次の料理を持ってこないんだ?
 空気を読んで、給仕を止めているのか?
 まあいいか。食事を再開したとわかれば、そのうち向こうも次の料理を運んでくるだろう。

「ところでその……閣下は、さきほどのようなことをミディ……誰にでもなさるのですか?」
「さきほどのようなこと?」
「……頭を、撫でる……というような……ことを……」
 誰にでもはしないけど、ミディリースにならしたかもな……どうだったろう。
 彼女は成人しているのが信じられないような子供じみた外見と性格だから、マーミルを扱うようなつもりで、頭くらいは撫でたことがあるかもしれない。
 だが、ジブライールにはやはりまずかったか。
 彼女はどこからどう見ても、大人だもんな。残念美人でたまにテンパるけど、基本は立派な淑女だもんな!

「いや、ごめん。つい反射的に、マーミルのような扱いをしてしまって」
「マーミル様扱い……」
 さすがにだだっ子みたいだったから、子供扱いしてしまった、とは口が裂けても言えない。まあ結局マーミルの名前出してる時点で、そう言ってるのと同じだが。

「あ、あの……試しにもう一つ、よろしいですか?」
「なにを?」
「その……マーミル様になさるように、今ここでもう一度、なさっていただきたいのですが」
 何それ。なんかの罰ゲーム?
 いつもの冷静すぎる口調だから、命令されているようにも聞こえる。
「それやって、何か意味があるのか?」
「私の気が晴れます」
 えっ!

 なに、どういうこと……?
「俺がマーミルを扱うようにジブライールを扱えば、ジブライールの気が晴れるの?」
「はい」
 え?
 俺、あんまりマーミルに優しくないよな?
 なのに、マーミル扱い希望?
 ジブライールって、Mなの?
 それとも、俺の困るところを見て気が晴れるってことなの?
 むしろ、Sなの?

「それをやったら、ジブライールの機嫌は直るんだな?」
「はい。間違いなく」
「わかった」
 ジブライールの考えがどうであれ、観念するしかないだろう。それで機嫌を直してくれるというのなら。

 俺は自分のスプーンでスープをすくい、ジブライールに差し出した。
「なんですか?」
 目がキョトンとなっている。
「なにって、マーミルみたいに、だろ? だからほら、あーん」
「……」

 やばい。ジブライールが固まってる。
 さっき子供扱いを謝っておいて、さすがにこれはなかったか?
 でも、ジブライールの希望だしな。
 食事の席でマーミルだけにすること、といったらこれくらいしか思い浮かばなかったんだから、仕方ない。

 だがいつまでもジブライールはぷるぷる震えるばかりで動こうとしない。さすがにスプーンを引っ込めようとすると。
「あっ」
 腕をがっしりと掴まれた。
 次の瞬間、思い切ったように俺のスプーンに食らいつく、ジブライール。
 上目遣いで、スプーンを口に含み、スープをすするジブライール。
 腕を掴まれた時にこぼれたスープが、ちょっと口元を濡らして……。
 なにこれ。子供扱いどころか、ちょっとエロく感じるのは俺だけ?

 やばい。
 これはやばい。
 なんで俺、こんなところで二人きりになってるんだ。
 いや、こんなところでって、ここはただの食堂なんだけれども!
 むしろなんで食堂で、こんなことになってるんだ!
「ジ……ジブライール……」

 ジブライールはスプーンを名残惜しそうに口から解放した後も、じっと潤んだ目で俺のことを見つめてくる。

 ちょっと待って。
 まさか、ジブライール。
「ジブライール、腕……」
 俺の言葉で我に返ったように、ジブライールは手元に視線を落とした。
 それから慌てて自分の手をゆるめ、俺の腕を解放する。

「あの、ジブライール……もしかして、君は……えっと……」
 どう切り出せばいい?
「き……」
「えっ!?」
「きゃあああああ」

 急に叫び声を張り上げながら、ジブライールは部屋から走り去ってしまった。
 ただあの……その時、スプーン奪われたんだけど、これはその……どう解釈していいものだろうか……。

 それからえっと…………食事は?

 結局俺は十二人も座れるテーブルで、暫く混乱しながらも、ポツンと一人寂しく食事をとり、一人寂しく部屋に帰っていったのだった。
 給仕も再開されたのだが、その時の視線がもう……腫れ物をみるような感じでいたたまれず……。
 ちょっと泣きたくなった。

 そうして次の日。

 ジブライールと役目を交代することになった、とミディリースに言ったら、「一緒に……約束……!」と、恨みがましい目で見られたが、無理もない。
 ただ、心配していたほど怖くはなかったようで、夕食で合流したときには、「面白……かった……」と言っていた。何が面白かったのか、内容は教えてくれなかったが。
 もっとも、それで俺の約束反故も許されたかと思ったが、そうではなかった。結局ミディリースは、帰ってから俺の仕事を手伝う、という約束をなかったことにすることで、あいことしたようだった。

 ジブライールには、避けられた。
 いつも以上の無表情さと明らかな拒絶反応を示された上に、逃げるようにミディリースを連れ去り、とりつく島もなかった。昨日の態度が嘘のようだ。
 昼食も夕食も、現場に出なかったから部下たちととるといって別だったし、どう考えても機嫌が直っているようには思えなかった。
 マーミル扱いをと言ってきたのはジブライールの方なのだが、やはりやりすぎたか。

 そうとも、俺だって昨日あれから反省したのだ。
 さすがに大人相手に食べさせる、だなんて、いくらなんでも失礼なことをした。ジブライールも一口は応じたけれど、プライドが許せなかったに違いない。だから逃げたに決まってる。
 そうとも、本人に何も確認してないうちから、変に妄想するのはやめよう。そのうち、落ち着いて話ができるようになったら、タイミングをみて聞いてみることにしよう。

 ちなみに、昨日こっそり部屋を抜け出した十人の建築士たちは、今日はそれぞれの持ち場に戻って自分の仕事に励んでいるらしい。結局、黒豹とキリンの意見の相違は、現場責任者である黒豹氏の意見に寄ったデザインでいくと決着がついたそうだ。

 そして三日目、現場事務所で本棟の現場主任と工程をチェックしていた俺の元に、ジブライールとミディリースが戻ってきた。
「閣下……!」
 ミディリースは、俺をみるなりピョンと跳んだ。確かに、動作が小動物みたいだ。

「終わったのか?」
「終わ……りました!」
「はい、とどこおりなく」
 ミディリースがぐっと両拳を胸の前で弾ませていい、それにジブライールが冷静に同意を与える。

「ご苦労……だったな」
 思わずミディリースの頭に手をおきかけて、なんとかとどめた。
 一昨日、それでジブライールをよけい怒らせたことを忘れてはいけない。いや、現在進行形で、怒っているかもしれないことを、忘れてはいけない。
 もっとも、ミディリースは気にしなさそうだが。

「ジブライールも、二日間つきあわせて悪かった」
「いえ。閣下こそ、お疲れさまです」
 すごくそっけない。
 やはりあの晩感じたものは、俺の勘違いか?
「しかし、早かったな。もっと遅くまでかかるかと思っていたのに」
 昨日がそうだったから、夕暮れまでかかるかと思っていたのに、まだ昼を少しすぎたばかりだ。

「二度目は……だいぶ、楽。それに……」
 ミディリースはちらりとジブライールの方を一瞥したようだ。
「早く、自分の部屋に……帰りたいです」
「ああ、そうだな。あと少しで、こちらも区切りがつく。少し待っていてくれ。それとも部屋に戻っているか?」
「だ、だだ、大丈夫!!」
 ミディリースは慌てたように飛び上がった。
「ここで、います……私、隠蔽魔術……ある……大丈夫……です」
 まあそうなのだろうが……なら、びくびくしなきゃいいのに。

 ちなみに、今はその魔術も使っていないようだ。現場主任も彼女を認識しているようだ。
 ちなみに彼は、魔王様の配下でデーモン族の伯爵だ。灰色の髪をした、目つきの鋭い青年だった。
 まあ、この場には俺たち三人以外は彼一人がいるだけだから、部屋に戻る道中に複数の中を一人で歩くよりは、まだ我慢できる状況なのだろう。

「なら、適当に座って待っててくれ」
「はい……」
 ミディリースは頷くと、壁際に置かれた椅子の一つにちょこんと腰掛けた。
 背が低いからか、やや足がぷらんぷらんしている。

「あの方が、閣下のご高名な妹君ですか?」
 ああ、そうか。さすがに魔王領まで妹を連れてきたことはないから、そう勘違いされても仕方ないか。
 それに、ミディリースは今はすっぽりとマントを被っている。顔がほとんど見えない状態だから、背丈だけで判断されたのだろう。

「いや、違う。内部には関係ないから紹介しなかったが、俺の配下だ。今回、急遽協力が必要になって連れてきた。その作業も、終わったようだが」
「はあ、そうですか。そうですよね、雰囲気が全く似てらっしゃらないと思いました」
「いや……うちの妹も、別に似ているというわけでは……」

 妹は俺とそっくりだと事あるごとに主張しているが、俺は同意しかねる。俺は母親似だけど、妹は父親似だし。
 エンディオンなんかもよく似てらっしゃる、などと時々わけのわからないことをいうが、そもそもエンディオンはデヴィル族だし。

 しかし、ご高名な?
 うちの妹、なんかしたか?
「すみません、いくらなんでも、あんな子供っぽい方に、あのベイルフォウス様が興味を持たれるとは思えなかったもので」
 えっ。どういうこと?
 うちの妹は、むしろミディリースより小さいし子供っぽいんだけど、っていうか、完全に正真正銘子供なんだけど……魔王様の配下まで、そんな認識なの?
 そろそろベイルフォウス、ふざけてないで本気で対処した方がいいんじゃないのか?

 まあとにかくそれからは話も仕事のことに戻り、一区切りついたところで俺とミディリースは城に帰ることにした。三日ぶりに魔王城の外へでて、我が城への帰路につく。

 そうそう、外から見た現場がどんなだったかというと、全く何もなかった。
 そう、何も感じなかったのだ。
 通常は結界を張った場には、それが誰のものなのか、勘のいいものなら俺と同じ目を持っていなくてもわかるだろう。そうでなくとも、ここに行く手を阻む何かがあるとわかるし、その上を竜で飛んだとしても、地上に違和感を感じるだろう。
 そして、その結界の先を見ようとしても靄がかかったようで果たせない、という結果に陥る。
 だが、その違和感が完全にない。

 俺が見ても、そこにはただ、工事に入る以前の地形がそのまま広がっているだけ……。
 しかも、ミディリースの魔力の欠片も見つけられない。
 これは本当に隠蔽魔術というのか?
 むしろ、超強力な幻術を施されているような気さえする。
 使用法によっては、よほど恐ろしい魔術じゃないのか、これは……。
 俺は竜の背の上で帰城に喜ぶミディリースの小さな背中を眺めながら、そんな危機感にも似た気持ちを抱いていたのだった。

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