古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第五章 大祭前夜祭編】

63.さあ、<魔王ルデルフォウス大祝祭>を始めよう!



 大祭の準備期間は五十日。
 その間に魔王城ができあがっていくそのスピードの速さといったら、目を見張るものがあった。
 そもそもが、仕事大好き魔族たちの集まりだ。その上、今回の仕事はただの仕事ではない。
 全世界の王がこの先数百年、あるいは数千年過ごすことになる、その住居を新築するという大事業だ。それに関われるということで、この上ない栄誉を感じているのだということが、熱意となってヒシヒシと伝わってくる。

 だから彼らは城を造るのは楽しくてたまらないらしいのだが、それはそれとして、やはり大祭も愉しみたい、という気持ちがあるようだ。
 だから一刻も早く仕上げて――もちろん、手は一ミリも抜かず――、大祭に途中参加したいのだという。
 そんな熱意に不満があるはずはない。

 そんな彼らの監督であるジブライールも、自己申告の通り体調に不安はないようだ。部下ともども、その熱中っぷりはすばらしい。
 この大事業が終わった暁には、ぜひ盛大な宴を彼らのために開いてやりたいと思っている。

 その他の副司令官たちが関わっている仕事も、もちろん順調だ。

 ウォクナンはアレスディアが参加すると決まってからは、それはもう毎日ウキウキした表情で行程の確認や衣装替えのタイミング、隊列の配置なんかを実に楽しそうに考えている。
 もっとも行程には俺の意志がかなり反映されたのは、言うまでもない。俺は大祭主なばかりでなく、パレードの責任者でもあるのだから。

 ヤティーンは補佐につけた副官のお小言を聞き流しながら、うまく治安維持部隊を編成して訓練に明け暮れている。
 号令をかけるのが楽しいらしく、いつも元気だが近頃はいっそう生き生きして見える。
 だが、俺との関係は未だ微妙だ。
 言いたいだけ言ったくせに、まだちょっと怒っているような態度で接してくる。
 むしろその理不尽さに、気分を害していいのはこちらだと思うのだが。

 フェオレスは相変わらずそつがない。各展示会の出展者も順調に集まっているようだし、四人の中では若輩とは言え、うまく他の副司令官ともバランスをとっているようだ。
 アディリーゼとの逢瀬でうまく息抜きできているのだろう。

 そんなこんながありつつ、俺たちは、いよいよ大祭の前夜を迎えていた。

 日をまたいだ瞬間に魔王様を祝おうというので、七大大公は魔王城に召集されている。
 もっとも、この談話室にいるのはまだ六人。アリネーゼの姿だけは、まだない。

 だがなにも、魔王城へと集まってきているのは大公だけではない。
 常から開放されている前庭園は、俺たちと同様の想いを抱く魔族たちで、足の踏み場もないほど賑わいでいた。

「わくわくするわね。お祭りというのは、やはり楽しいものだわ。それも、こんな大きなものなら、なおさら」
 今日のサーリスヴォルフは女性らしい。
 細身のグラスを片手に、さっきからずっと酒をあおりまくっている。
 時々、給仕役に流し目を向けているが、見ない振りをするのが正解だろう。

「本当ですね。私などは、ほかの小さな祭りもまだほとんど経験がないもので、それはもう楽しみで楽しみで……」
 デイセントローズはいつもの「僕、何事も未経験なんです」アピールで忙しいようだ。

「あいつら、いつの間にああいう関係になったんだ?」
 他人のつきあいにはあまり関心をもたないベイルフォウスが、珍しく二人を見て眉をひそめている。
「ああいう関係ってなんだよ」
「ああいうってのは、膝をなで回されてお互い意味ありげにニヤついているような関係ってことだよ。品がないったらなあ」
 確かに今、デイセントローズは、サーリスヴォルフの隣に座り、じっとりと膝を撫でられていた。
 だが、さすがに見境ないお前が言うな、って言われないか? ベイルフォウスよ。

「主がそれをいうか」
 俺の心中を代弁するような台詞は、もちろんウィストベルだ。
「俺だから、言うのさ」
 ベイルフォウスは意味ありげに笑って、いつものようにウィストベルの白い髪に口づけをする。
 正直、最初はひいたが、もう見慣れた。
 ベイルフォウスのやることに、いちいち反応していたのでは神経がもたない。

「ウィストベル。先日はありがとうございました」
 魔王様のわがままのせいで、結局俺が主導の<大公会議>の開催はあきらめていたから、ウィストベルに会うのも俺の魔力が戻ったあの日以来だ。
「我が同盟者殿は、ずいぶんと忙しかったようじゃの」
 ええ、そりゃあもう、忙しすぎて……またちょっと寝不足ですよ。
「ああ、誰かさんのおかげで、ね」
 俺はじろりと親友を睨みつけた。

「俺はあれだ……ほら、やっぱり考え直してみたわけだ。どこかのうるさい誰かさんが」
 そう言ってベイルフォウスは、遠くのソファに一人で座る、プートを一瞥する。
「俺の運営会議への参加に異を唱えてきてな」
「嘘つけ」
 そんな話、ちっとも聞こえてこなかったけど?
「本当だ。お前を通さず、俺に直接文句いってきてよ。争奪戦まで楽しみはとっておきたいから、折れてやることにしたんだよ」
 また、適当なことを。

「そなたたちの会話は理解できぬが、まあよいではないか。もう間もなく、大祭が始まる。明日からの百日間を楽しみに、仲良くしてはどうじゃ?」
「俺はもちろん、異存ないぜ」
「俺だって別に」
 五十日の間にあきらめたからな。
 ベイルフォウスに期待するのは馬鹿だと、悟ったからな。

「おっと、アリネーゼのお出ましだ。ちょっと挨拶してくるぜ」
 ウィストベルを前にしてもひるまず、アリネーゼに歩み寄っていく。
 ベイルフォウスのやつ、ほんとに女性に関してはマメだな。
 ウィストベルも……。うん、特別気分を害してはいないようだ。
 彼女の方が俺よりよっぽどベイルフォウスとは付き合いも長い。今更、アリネーゼと親しげにするのを気にしたりはしないか。
 だが、どこか変だ。
 なにがどうという訳ではないが、ウィストベルの雰囲気が、いつもと違う気がする。

「ところで、あの娘は元気かの?」
 あの娘…………。
 ああ、ミディリースか。
「まあ、元気ですよ。とはいえ、俺もこのところは顔をみていませんが……」
 魔王城への隠蔽工作が終わった後は、会っていない。
 わずかな時間だったとはいえ、図書館に何度か足を運んだが、姿を現してはくれなかった。かなり心を許してくれたのかと思ったのだが、違ったようだ。これだから、女性の考えることは理解できない。
 さすがに部屋の場所を知っているからといっても、ずかずかと入っていくわけにもいかないしな。
 だが、文通は続いている。さすがに毎日ではないものの。

「まだ引きこもっておるのか。あれほど言ってやったというに」
 ウィストベルは呆れたようにため息をついた。
 様子がおかしいと思ったのは、気のせいか?
 ミディリースのことを語るウィストベルは、どこか楽しそうだ。
「また私が行って、引きずり出してやるかのう」
 ウィストベルはずいぶん、うちの司書が気に入ったみたいだ。
 うん、なによりだな。ミディリースがどう受け止めているかは、別として。

「ところで、ジャーイル」
「はい」
 ウィストベルがぐっと顔を近づけてくる。
「ちょ……」
「ベイルフォウスに力を返してやらぬのは、わざとか?」
 ささやくような声だったが、ずしりと腹に響いた。

「わざと、と言うわけでは……」
「そうか。てっきり争奪戦が終わるまで、このままを維持するのかと思ったが?」
「まさか」
 本当にその気はない。
 単に忙しくて、その機会がなかっただけだ。
 俺の城に誘おうにも、あいつもちっとも会議にこなかったし。

「そんな微妙な工作をして、ベイルフォウスに勝ったところで、なんの意味もないでしょう」
 俺が断言すると、ウィストベルはにんまりと笑って、俺から顔を離した。
「そう、思っているならよい」

 思っているとも。心の底から、な。
 今回はさすがに俺も覚悟を決めた。
 大公位争奪戦を、本気で戦う覚悟だ。
 さすがに手を抜いては、生き残ることさえ難しいだろう。
 もちろん全員が相手の時ではない。何人かが相手の時は、だ。
 そしてその何人かに、ベイルフォウスはもちろん含まれる。

「せいぜい、期待しておるぞ」
 ウィストベルは右手を俺の頬にあて、親指で唇を撫でてきた。
 その仕草の艶めかしいことといったら……。
 そんなことをされたら、あの長椅子で目覚めた時のことを思い出してしまうじゃないか。
 あの時の、あの甘い味の正体は……。

「ほんに楽しみじゃの。色々と」
 俺はなんだかちょっと、その妖艶な笑みが逆に怖くなってきました。

 そのとき扉が開き、魔王様の近従が姿を見せた。
 赤い鶏冠が印象的な彼は、俺たちに向かって恭しく頭をさげる。
「では、みなさま」
 ウィストベルの手が頬から離れ、ホッと息をついた。
「用意が整いましてございます。どうか、我らが魔王、ルデルフォウス陛下の御為に、御一同、露台へとお越しくださいませ」

 近従に促され、グラスを持っていたものはそれをテーブルに置き、席に座っていたものは厳かに立ち上がる。
 そうして七大大公そろって談話室を後にし、魔王様の元へと向かった。

 最上階の広い露台。その手前の狭い部屋に、我らが魔王の姿がすでにある。
 今日もバッチリ金をまぶした黒の衣装に重厚なマントを纏い、黒の剛剣に両手を置いた姿で、一分の隙もない。
 そうして天井を突く背もたれの椅子にしっかりと腰掛ける姿は、いつものように威厳に満ちていた。

「ようやく揃ったようだな」
 あれ。もしかして、七大大公待ちだったりした?
 まさかの、魔王様の方が先にご準備できてました、だったりした?

 魔王様は椅子からゆったりと立ち上がり、黒いマントを翻す。
「では、参ろうか」
 俺たち七大大公を引き連れて、露台へと一歩を踏み出した。

 魔王様が露台に姿を現し、手すりに手を置いた瞬間、大地を震わすほどの歓声がわき上がる。
 魔王城の前庭ばかりか、その先の荒れ地を覆い尽くすほどの、臣民たち。その勢いは、どこか大演習の開催を思いおこさせた。

「魔王様、ばんざーい!」
「在位三百年、おめでとうございます!」
「魔王様、大スキー!」
「きゃー! ダ・イ・テー!」

 さすがは魔王様。男性魔族にも女性魔族にも絶大な人気だ。
 俺たち七大大公は、現在の順位順に、魔王様の背後に並び……。
「なんで君まで並ぶの。ほら、前行って!」
 サーリスヴォルフに尻を軽く叩かれる。
 そうだった。大祭主は魔王様に並ぶんだった。
 俺は前に出て、魔王様の左隣を占めた。

「ぎゃーーーー! ジャーイル様ーーーー!」
 おお、なんか、気を使ってもらってありがとう!
 まさか俺の名まで叫んでもらえるとは。
 存外、魔族にも気遣いのできるものがいるんだな。

 ベイルフォウスならここで「待たせたな!」
とか言って、ウインクなり投げキッスなりして場を盛り上げるんだろう。たぶん今も、振り向けばやっているのだろうし。
 だが、もちろん俺にはそんな芸当はできない。真面目にやらせてもらおう。
 まずは発声練習。
「あーあーんー」
 それから、咳払いして、と。

「今現在、この地上に生ある者は幸いである」
 ノリのいい同族たちは手を振り上げ、いっそう声を轟かせて、俺の言葉に賛同してくれる。

「なぜといって、我らが魔王陛下の治世を三百年に及んで経験し」
「うおおおおおお!」
「また、これからもその支配を享受できるからだ」
「うおおおおおお!」
「これほどの栄誉があろうか」
「うおおおおおお!」
「ルデルフォウス陛下の御代を永久に願うか?」
「うおおおおおお!」
「ならば、持てる力を尽くして、忠誠を表し、陛下に感謝の意を示すがいい!」
「うおおおおおお!」

 応じる声にうっかり陶酔しかけていたら、隣で魔王様が咳払いする声が耳に届いた。

「そろそろ、止めておけ」
 あ、はい。

 左手をあげると、ぴたりと喧噪が止んだ。
 自分でやっといてなんだが、練習でもしたのか、こいつら。
「では、静粛に。今より、我らが魔王、ルデルフォウス陛下より御言葉を賜る」
 そう宣言して、一歩退いた。

「皆の者、我が為によくぞ集まってくれた。此度の祭は、予の在位を祝うためとはいえ、それは即ち臣民の忠誠に感謝するための大祭でもある。そなたら臣民の喜びをこそ、我がものとするために、おのおの、百日間を精一杯楽しむがよい」
 魔王様の声が、朗々と響く。
 眼下を見回せば、誰もが玉音に反応したくて、ウズウズしているのが伝わってきた。

 地平からはすでに、薄明かりが漏れてきている。
 よし、もう頃合いだろ。

「ここに、<魔王ルデルフォウス大祝祭>の開催を宣言する! 日の出と共に、騒げ、同胞よ!!」
「うおおおおおお!」

 俺の開催宣言と共に、空には数万発の花火があがり、地上ではそれに負けじと音楽がかき鳴らされる。
 世界は狂ったような叫びで満たされた。

 さあいよいよ、<魔王ルデルフォウス大祝祭>の始まりだ!

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