魔族大公の平穏な日常
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【第六章 魔王大祭 前編】
「誰だ、脳筋どもを煽ったの」
あ、俺か。
俺だった。
バカバカ!
数時間前の俺のバカ!
放っておいても騒ぐ魔族を煽るなんて、お前はなんて間抜けなんだ!
おかげで魔王城の一室に設けられた、<運営委員会本部>に詰めっぱなしで一歩も外に出られない羽目に陥っているではないか!!
「閣下、東の沼地で、下位の者が上位の者に挑戦し、戦いが始まったと……」
「やめさせろ! なんのために爵位争奪戦を開催すると思ってるんだ。そのまま会場まで引っ張っていけ!」
「外れの平地で、娘をかけて竜を戦わせる事案が発生し……」
「本人たちに戦わせろ! 竜は取り上げて、保護してこい!」
「あちこちで、催淫剤を使用したと思われる、酒池肉林……」
「治安維持部隊を向かわせるか、音楽祭の弊害だとでもこじつけて、アリネーゼに対処してもらえ!」
「親とはぐれた子供が、多数おりまして……」
「なんのために迷子保護所を作った! そんなことまでいちいち聞きにくるな!」
「ジャーイル様に会わせてぇん、……という、一部の御婦人が」
「追い返せ!!」
ひっきりなしに問題を持ってこられるんだけれども、なんなんだよ!
もうちょっと……せめてもうちょっと、ゆっくりできると思ったのに……。
だいたい、会議にも碌に出席しなかった誰かさんが、こういうときこそ頑張ってくれてもいいんじゃないのか!?
「ベイルフォウスはどこだ!? 誰か捜し出して、首根っこ引きずってこい!」
「そんな無茶なぁ……」
「情けない声を出すな!」
「ジャーイル大公閣下、閣下にお会いしたいと」
「だから、追い返せって!」
「ほう」
空気を震わす重低音が響き、俺はおそるおそる振り返った。
「プート大公閣下が……」
おどおどと、隣を見上げる運営委員と。
「パレードの開始に間に合うよう、出迎えに参ったのだが」
燃えさかる太陽のようなタテガミを逆立てた、プートが立っていた。
***
「そろそろ我が領に向かおうと竜舎に向かってみれば、ジャーイル。そなたの竜がまだあるではないか。であれば共にと考え、しばしその場で待っていたのだが、一向にそなたがやってくる気配がない。まさかパレードを見送るという役目を忘れているのではと思い、迎えに参った次第だが」
あ……ええ、はい……。
忘れていた訳ではないんですが、時間を気にする余裕がなかったと言いますか……。
すみません、言い訳はいたしません。
大祭主である俺は、すべての主行事の開始に立ち会わなければならない。
それでなくとも、一番最初に開催されるパレードは俺の担当だ。
出発場所はプートの居城である<竜の生まれし窖城>。
そもそもの予定では、露台での開催宣言が終わった直後に、俺は魔王城を出発することになっていた。その前にちょっと本部の様子をみておくか、と軽い気持ちで立ち寄ったのが悪かった。
プートが迎えに来てくれたおかげでこうして出てこられたが、そうでなければ本当に、パレードには間に合わなかったかもしれない。
「いや、実に面目ない」
そんな訳で、俺とプートは彼の城である<竜の生まれし窖城>に向けて、竜の轡を並べているわけだ。
「そなたは配下に甘すぎるのではないだろうか。少し様子を見ていたが、あのように些末なことまで、いちいち大祭主が判断を下さねばならぬはずはない。なんのために祭司がいるのか。なんのために末端組織があるのか」
あ、やっぱり?
いくらなんでも、迷子の扱いまで聞いてくるとかおかしいよね?
「我にデーモン族の美醜はわからぬが、噂で聞くところによると、そなたは随分甘い顔だちなのだとか。軽々しく扱われる原因は、そこにあるのかもしれぬ。そこで提案なのだが、貫禄を出すためにひとつ、顔に傷でも付けてみてはどうか? よければ協力するが」
「またそんな冗談を」
「冗談ではない。本気だ」
いや……意味がわかりません。
傷なんて、普通は医療班がささっと治してくれるものじゃないですか?
それをわざわざそのままにするとかって……それも、顔に?
それって自分の顔に、医療班でも治すことのできない大けがを負いましたって、それもう相手に大敗したと宣言することに他ならないよね?
貫禄どころか、逆にものすごい間抜けと思われるんじゃないでしょうか。
もしかして、これはあれか……。
この間の六公爵の襲撃事件。
なんとも思ってないような返事をしてきたくせに、実は恨みに思っているのか?
向こうからの挑戦を受けて対戦したわけだから、正式な戦いだ。――例え、俺の記憶がないにしても。
その結果、挑戦者が害されたところで、他者がいちいち気にするはずはない。それが魔族の習わしだからだ。
もし、気にかけているとしたらそれは家族であるか、それとも俺への挑戦に何らかの関わりがあるからか……。
「幸い、大祭の最後には大公位争奪戦が予定されておる。私がそなたの顔をねらって攻撃し、二目と見られぬ傷をつけてはどうか。眉間がよいかな? それとも、こめかみから口の端にわたって続く、長い傷を」
「遠慮しておきます! お断りします!!」
二目と見られぬ傷って!
どんだけ本気なんだよ、プート!
まさか本当に六公爵の中に、特別目をかけた相手がいたんじゃないだろうな?
そうでないというなら、なぜそんなにしつこく俺の顔に傷をつけたがるんだ。
俺の返答に、プートはわざとらしくも大きなため息をついた。
いや、ため息つきたいのはこっちだから。
「そなたのためを思っての意見だというのに」
竜さんたち、早く飛んでください。どうか早く、<竜の生まれし窖城>に着いてください。
こんな不毛な会話、打ち切らせてください!
俺の祈りが通じたのか、追い風が吹いたせいか。竜たちの速度はスピードを増し、俺が必死に次の話題を探している間に、<竜の生まれし窖城>が見えてきたのだった。
普段ならプートの城では広大な前庭に竜を降ろすのだが、今は出発を控えているパレードの参加者たち、大小さまざまな約八百の魔族が、所狭しとひしめている状況だ。とても巨大な竜を降ろすスペースはない。
そうでなくともひっきりなしに出入りする魔族の群で、今日はどの城でも竜は竜舎から直接飛び立たせ、直接降りるしかない。
その竜舎の上空も、順番待ちの竜が多数滑空し、城付近の空は渋滞していた。
もっとも、さすがに大公は優先される。
俺とプートはすんなりと竜を降ろし、前庭へと足を向けた。
「ジャーイル閣下、遅いですよ!!」
俺の顔を見るなり、リスが頬袋を膨らませながら文句を言ってくる。
そして、口からリンゴがぽろり。頬袋ちょっとしぼむ。
「ああ悪かった。ところでリンゴ、落ちたぞ」
地面に落ちる前にと途中でキャッチしたのだが、ものすごくベタベタネトネトして気持ち悪い。
拾わなければよかった。
「あ、これはどうも」
俺からリンゴを受け取る間に、今度はバナナがこぼれたが、もう無視しておこう。
そんなウォクナンの後ろにはパレードに参加する八百を数える魔族が、それぞれきらびやかな衣装を身にまとって、行進の始まりを今か今かと待ち望んでいる。
もちろん、百日間ぶっ通しで行進するのは、さすがの魔族といっても大変だ。だからいくつか派手な乗り物も用意されている。
時々そこで交互に足を休ませながらの行進になるそうだ。
もちろん、百日を着の身着のままですごす訳もないのだから、着替えも必要だ。一応は拠点拠点で衣装を用意しておいて、行進をとぎれさせることのないよう、順番に着替えることになっている。
その衣装は、プートの領地にいる間は比較的厚着で重厚なものが用意されているようだ。
まあ、とにかく大変なパレードには違いない。
それを百日間に及んで率いるのは、我が副司令官ウォクナン。
「ウォクナン、頼んだぞ」
「どんとおまかせください!!」
ウォクナンはたくましいゴリラの胸を張り、ウホウホと叩き出した。
おかげでリス顔がかもしだす可愛さが台無しじゃないか。
が、俺の横に立っているプートは、自分と同じゴリラ胸にご満悦のようだ。応じるように叩き出す。
そろそろ止めた方がいいかな、と思った瞬間、二人は腕をおろした。
「それから、閣下。出発の前に、アレスディア殿が閣下にご挨拶をと……」
ああ、城を出るときに会っている暇はなかったからな。
「旦那様」
蛇顔をかたどるように金のサークレットをかましたヴェールをかぶり、犬の乳が見えるぎりぎりの位置まで開いた、きわどい衣装を着たアレスディアが前に進み出てくる。
デヴィル族の男たちがざわめきだしたところをみると、相当な美人に仕上がっているのだろう。
四本の腕を身体に絡ませた様子が、俺から見てもちょっと卑猥だ。
リスなんてはふはふ興奮しすぎて、口に含んだものを全部こぼすし!
しかしこの衣装だと、露出が多すぎるとプートが怒りだすんじゃないか?
他の者に比べると、その違いは明らかだ。
なんだこのけしからん衣装は、とか不機嫌になるんじゃないの?
そう思ってちらりと隣を見てみれば、彼は牙の鋭い口をぽかんと開けて、アレスディアを凝視していた。
あまりに破廉恥すぎて、あっけに取られているのだろうか?
「旦那様、私のパレードへの参加に、快く許可をくだすって、ありがとうございます」
「美男美女を百人というのに、我が領でもっとも美しいと言われる君を、妹の世話を理由に出さないでは、俺が領民たちに怒られてしまうだろうからな」
その通りです、と言わんばかりにウォクナンが頷いている。
「マーミル様のお世話ができないのは、私も気がかりですが、代わりの侍女には信頼できるものを二人、選出してございます。最初はとまどうかもしれませんが……」
「まあ、せっかくのお祭りだ。こんな時くらい妹のことは忘れて、君は君で楽しんでくれ」
「ありがとうございます」
アレスディアは軽く頭を下げると、しずしずと列に戻っていった。
彼女が動くのにあわせて、男たちの視線も動く。
俺は見慣れているし、それ以前にデヴィル族の美醜が理解できないから忘れがちだが、どうやら我が妹の侍女殿は本当に飛び抜けて美しいとみなされるようだ。
その証拠に。
「ジャーイル大公」
プートが気の抜けたような声で話しかけてきた。
「私は彼女に一票を投じてもよろしいか。もちろん、我が名を書いて」
え?
一票って……コンテスト、か?
美男美女コンテスト?
名前を書いてって……。
プートって、既婚者じゃなかったっけ?
「それはまあ……それでそちらに不都合がないのであれば」
誰が誰に投票しようと、自由だ。俺にそれをどうこういう権利はない。
俺の答えに、プートはアレスディアを見つめたまま頷いた。
「ぜひ、そうさせていただこう」
そうして何を思ったか、ずいずいとパレードの構成員たちの前に進み出る。
「我はここに宣言する。我が心は今、アレスディア殿によって射抜かれた! 故に、我は我が名を記し、彼女に一票を投じることとする! 我と争う気概を持つものだけが、名を書いて彼女に投票するがよい!!」
……。
…………。
………………。
えええええ。
なに突然叫びだしてるの、プート!!
なにそれ、なにその宣言、なにみんなを牽制しようとしてるのプート!
あり? それってありなのか!?
あと、そんなこと堂々と宣言して、奥方とこの後もめたりしないのか!?
「俺も……俺も、アレスディア殿に一票を投じるぞーーーー!!!!」
一人が思い切ったように叫んだのを皮切りに、「俺も」「俺も」という声があちこちからあがる。
ちょ……君たち、行進しに集まったんですよね?
なに騒ぎ出してるの!?
ふと、騒ぎの元である我が侍女に目をやれば、彼女は照れも焦りも見せずに、涼しい顔をしているではないか。
それどころか、「まあ、おほほ」と喜んでいそうだ。
デヴィル族の男たちがそうやって騒ぐ一方で、残りの女性陣と半数を占めるデーモン族の男女たちは、冷めた目でその光景を……。
「じゃあ、私はジャーイル閣下に投票するわ!!」
「私も!」
「あら、私だって負けないんだから!!!」
「望むところだ!」
えええええ。
なに波及してるの!
なにつられてるの!!
あと、なんでたまに男の声が混じってるの!?
……いや、たぶんあれはアレスディア……アレスディアへの叫びのはず!
「静粛に!!」
俺はたまらず叫びをあげた。
だが、興奮した魔族たちは俺の声など耳に入らないようで、全く勢いは収まらない。
「くそ……百式でもお見舞いしてやるか」
イラッとして、ボソッといったその途端。
<竜の生まれし窖城>の前庭は、水を打ったように静かになった。
……まさか、今の独り言、聞こえた? ……のか?
「そう早まるな。短気は損気だぞ」
プートに肩を叩かれ、そう言われた。まるで、諭されるように……。
納得いかない。
だが、まあいい。
とにかく、こんな風に一騒動ありながらも、無事、ウォクナンの指揮のもと、パレードは厳かに出発したのであった。
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