魔族大公の平穏な日常
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【第六章 魔王大祭 前編】
大祭主は全ての主行事の開始を、担当大公と共に見守らねばならない。となると、最も忙しいのは初日の今日だ。
大祭の開始と共に始まったのが音楽祭と無数の舞踏会。
次にこの<竜の生まれし窖城>から出発したパレード。
パレードは本来なら俺一人の担当だが、出発地が自分の領地だからということで、プートは一緒に見送ってくれたのだった。
そして今度こそプートの担当で、開始のかけ声を待っているのが爵位争奪戦。
これが今日の午前中に始まる主行事だ。
さらに午後からは、デイセントローズの城を出発地点とした、競竜が開催される。
それが終われば次の主行事の開催日は、美男美女コンテストの投票が始まる四十日後、場所はサーリスヴォルフの領地でということになる。
本来なら、魔王様の在位を祝うために行われる行事なのだから、魔王様本人が出席すべきなのだろう。が、それこそ初日からあちこちかけずり回るような大変な思いを、我らが王にさせるわけにはいかない。だから臣下から大祭主を立てて、その者が代わりに面倒を引き受ける。有り体に言うとそういうことだ。
一方の魔王様は、少し落ち着いてから順番に大公領を回られ、各地で饗応を受けることになっている。
何を行うにも上位からだから、これもプートの城から始まる。そうなると本来はデイセントローズの城が最後のはずだが、そこはそれ。こういう時は、大祭主の城が最後に回されるらしい。
つまり、まずプートから始まって、ベイルフォウス、アリネーゼ、ウィストベル、サーリスヴォルフ、デイセントローズの城を訪ね、最後に我が城へ長めの滞在をなさって大祭主の労をねぎらわれるのだ。
そう、俺の苦労をやっとねぎらってもらえるのだ。
そうして俺は魔王様の帰城に同行し、七大大公を招いての大魔王舞踏会に参加することになる。その滞在中にパレードが魔王領へ到着、美男美女コンテストの発表があり、競竜に決着がつく。それらすべての表彰も含めた恩賞会を経て、なし崩し的に大公位争奪戦に移行し、七大大公の順位が改まって、<魔王ルデルフォウス大祝祭>は終了となるわけだ。
まあそんな訳だから、俺とプートは次に開催される爵位争奪戦の会場に場を移した。
とはいえ、単に<竜の生まれし窖城>の荒れ地……前地に移動しただけなんだけども。
そもそも、前地というのはどこも領民の全員参加が義務づけられている、大演習会が開けるほど広い。その広大な地で爵位争奪戦が行われるのだが、そのための設備といっても用意されるのは物見台だけ。
かなり遠くまでを見渡せるよう、高く設置された円形の塔の頂上に、椅子は八つ。
魔王様や大公がやって来たときに座るための、背もたれの高い椅子だ。とはいえ全員がこの場に揃うことは、まあないだろう。
今は俺とプートが、その中央の二つに並んで座っている。
ちなみに、その下の階は医務室になっているらしい。
あとはただ広い平原が続くだけ。
公爵以下の者のための観客席もないし、戦うスペースさえ区切られてはいない。
各組審判者一名をもって、戦いは自由に行われるのだ。
そんなわけで混戦は必至、見学者も場合によっては巻き込まれることもあるだろう。
だが、これが担当者であるプートの定めたルールなのだから、仕方がない。
開催の挨拶は、その主行事の担当者であるプートが運営責任者にと選んだ彼の副司令官、マッチョデヴィル君だ。
「七大大公の筆頭であられる誉れ高き我が主、プート大公閣下。同じく、七大大公にその名を連ねられ、この<魔王ルデルフォウス大祝祭>においては大祭主という重責を名誉と共に負われたジャーイル大公閣下」
マッチョデヴィル君は、俺たちに向かってうやうやしく頭をさげた。
それから延々と続く、芝居がかったお世辞の数々。その大半は、プートのみに向けられたものだ。
長台詞に辟易としてはいたが、担当のプートがご満悦なので急くこともできない。
俺のため息が五度目を数えたところで、ようやくマッチョデヴィル君も一区切りついたらしい。
ついに「それではご挨拶はこの辺にして」という言葉を口にしてくれた!
「これより爵位争奪戦を開始いたします。挑戦者、応戦者ともに全力を尽くして爵位を争いなさい!」
簡単な宣言が終わると同時に、またも大地を響かせる野太い雄叫び。
こんな叫び声を、今日だけでもどれだけ聞くことになるんだろう。
長々としたおべっかを聞いた後だから、今は心地よく感じるが……。
ただ一点の気がかりは――俺の耳は、大丈夫だろうか。
なにせ、参加者は挑戦者・応戦者あわせて千を超えたそうだ。
その全員が今この場に揃っているわけではないが、観戦者も多いから、この場にいる者の数はパレードの参加者数を、遙かに超えている。
それを挑戦者の爵位順で日程を組み、期間は四十日を数える。
最上位の応戦者はもちろん公爵。
幸いにも、うちの副司令官への挑戦者は現れなかった。
だからといって、安心はできない。爵位への挑戦は、開始から二十日の間は毎日受け付けているからだ。
「暫くともに観戦を楽しもうではないか、ジャーイル大公」
プートが威厳たっぷりに、前地を睥睨しながらそうのたまった。
いいよな、他の大公は。プートなんか爵位争奪戦が始まった後は、もうどこへ行って何をしようと、自由だもんな。だが俺は違う。そうはいかないのだ。
「お誘いはありがたいが、この後デイセントローズの領地へ行かねばならない。あそこでも競竜が始まるので、立ち会わないといけなんだ」
「ああ、確かにそうであったな」
けれどせっかくだから、聞くべき事は聞いておこう。
「デイセントローズといえば、確か大公へと挑戦する前は、こちらの領民であったと聞いたが」
今更すぎる質問だというのはわかっている。そんなのは、あいつが大公になったその時から判明していたことなのだから。
「確かに」
「プートは知っていたのか? その、将来有望な若者のことを、彼が台頭する以前から」
「……その存在を認識していたのか、という問いであらば、否定はせぬな」
なんだかいやに意味ありげな言い方だな。
だが、知っていたのか。デイセントローズが大公として名を馳せる以前から、その名と存在を。
「もっとも、実際に会ったことはなかったし、それほどの実力を持っているとは考えてもいなかった」
会ったこともないのに、勇名を馳せたでもない無爵の相手を知っていた?
そんなことあり得るか?
「憶測で質問して申し訳ないが……まさか、あなたがあいつの父親、というのではないだろうな?」
俺の質問にプートはカッと目を見開き、こちらを凝視してきた。
「私が、デイセントローズの父親、だと?」
直球すぎて、どうやら気分を害したようだ。獅子の瞳が剣呑と光る。
「あれの母親を知った上での問いか?」
どういう意味だ?
「いや……」
俺の返答に、プートは鼻をならした。
「ならば、非礼は不問としよう。今後はそのような愚かな問いを口にするものではない」
……いや、ほんとにどういう意味?
母親を知っていれば、そんな質問をするはずがない、とでも言っているかのように聞こえるんだが?
とりあえずは、否定だよな。
もう少し、つっこんでみようと思ったその時。
俺は参加者の中に、知った顔を見つけてしまったのだ!
まさかそんなところにいるとは思ってもみなかった人物だ!!
彼女を群衆の中に認めた瞬間、プートとデイセントローズのことなど、記憶の彼方に追いやってしまった。
「やあ、ジャーイル!」
こちらの視線を察したのだろう。
犬の顔をしたその伯爵は、俺のいる物見台へと大きく手を振りながら近づいてきた。
俺は物見台を飛び降り、彼女に駆け寄る。
「ティムレ伯。まさか、あなたが上位に挑戦を?」
「バカなこというなよ~! 平和主義者のあたしが、挑戦なんてする訳ないだろ~。挑戦されたんだよ!」
な ん だ と !?
ティムレ伯に挑戦するなんて、どこのどいつだ!
「領内の者ですか?」
「うん、そう」
「誰です!? 男爵ですか、それとも子爵!?」
「どっちでもないよ」
無爵の者、だと!?
爵位争奪戦は挑戦者の序列下位から順に行うことになっている。ということは、彼女の試合は今日これからのはずだ。
見たい!
ティムレ伯の戦いを……無事を、見届けていきたい!
だが俺はこれからデイセントローズの領地へ行かねばならない。
二つの領地の間には広大な魔王領が横たわっている。だからあまり時間に猶予はないのだ。本当なら今すぐにでも出発しなければならないんだが……。
「てことは、今日これから戦うってことですよね。どこのどいつです?」
相手が無爵だからといって、安心はできない。デイセントローズの例もあるからな。
せめて、実力をこの目で確かめて安心したい。
「大丈夫、相手はまだ子供だからね!」
「子供? ……でも、成人した者しか爵位には挑戦できないはずじゃ……」
「いや、もちろん一応成人はしてるよ」
「一応は? お知り合いなんですか?」
「よーく知ってるよ。なんたって、フェオレスの弟だもん」
フェオレスの!
え? なんで、フェオレスの弟?
「だから大丈夫。あたしにしたって弟みたいなもんさ。相手の性格も、実力も、誰よりよく知ってる。けちょんけちょんにやっつけてやるよ!」
そういって、ティムレ伯は犬手を握りしめた。
「なんならさ、景気付けにセクハラさせてくれる?」
「お断りです!」
それとこれとは話が別だ。
俺は三歩、後じさる。
「そんなことより、君は今から競竜見にいくんだろ?」
いや、見にっていうか、開会式に強制参加させられるというか。
「いいよなぁ。あたしも行きたかったんだけど……」
「だったら、さっさと戦いに勝っていらっしゃればいいじゃないですか」
「まあ、それもそうだな」
しかし、フェオレスの弟か。ということは、見た目はやはり猫なのだろうか。
あと、やっぱり強いんじゃないんだろうか。なにせ公爵どころか副司令官まで務めている者の、弟だぞ?
……いや、落ち着け俺。
個人の強さは遺伝しない! しないのだ!
マーミルをみてみろ! それ以前に、父だって槍の腕はよかったが、魔力はそれほどでもなかった! 母なんて無爵だ。
……だが。
「一緒に行きますか? 待ってましょうか、ティムレ伯が圧勝するのを!!」
「なに言ってんのさ。早くいきなよ。競竜はデイセントローズ大公領だろ? 君がいかないといつまでたっても始まらないんじゃないの?」
確かにそうだ。そうなんだけれども。
猫……猫……ネコ……ねこ……。
あ、あいつか?
いや、その隣も……。
あっちにも猫?
こっちもネコか。
ねこ多いな!!
だが、兄弟だからと言って、顔が同じ種とは限らないだろ。
でもマストヴォーゼの娘たちを見るに……。
「心配してくれるのはありがたいけど、あんまりあたしを見くびるなよ」
ティムレ伯は片目をつむり、俺の胸を軽く叩いた。
「それに、そんなに気をかけられたらさ……ちょっと……怖いじゃん?」
急に辺りをキョロキョロと見回すティムレ伯。
なにか探しているのだろうか?
「ジャーイル大公」
プートも物見台から降りてきたようだ。こちらへゆったりとした足取りで近づいてくる。
ティムレ伯の背筋がぴしゃりと伸びた。余所の大公を前に、緊張しているのだろう。
「あ、じゃああたし……これで失礼するよ……じゃなくて、失礼いたします」
ティムレ伯は珍しく敬礼をして、そそくさと立ち去っていった。
「そなたの親しい配下か」
「ええ、まあ……」
「結果が気になるのであらば、報告させようが」
「いや……本人も大丈夫だと言っているので、問題はないだろう。ご配慮には、感謝する」
城に帰ったら、フェオレスにも弟について確認しておこう。
そうしよう。
「遠慮はするな。私とそなたの仲ではないか」
は? 俺とプートの仲?
とりたてて、強調するような間柄ではないが。
俺は改めてプートを見た。
いつもは厳格そのもののプート。だが、今はその表情も、どこか緩んでいるような印象をうける。
「どうかな? そなたに異存なければ、私は同盟を結んでもよいと思っておるのだが?」
おい……どういうことだ。
このタイミングで同盟、だと?
「俺はこの間、あなたの配下の公爵を六人、倒したはずだが……」
「それは気にせぬと伝えてあるはず。それに、我は弱き者には興味はない」
待て。
俺に負けた六人は、プートにすれば弱かったと一蹴できるのだろうし、同盟者に迎えるための条件をいっているのなら、俺は確かに弱くはない。
だがこの先大公位争奪戦も控えているというのに、大祭の始まったこのタイミングで同盟を言い出す利はどこにある?
「もちろんそうなれば、そなたにはたびたびの饗応をお願いするやもしれぬ。その暁には、ぜひアレスディアどのにぜひ、ご歓待いただきたいものだ」
……おい、まさか。
まさか、アレスディアのせいなのか?
嘘だろう。
いつもの威厳はどこにいったんだ!
なにその緊張感ない顔!!
「悪いが、今のところ誰かと新たに同盟を組むことは考えていないんだ」
「そうか。では、ただの友人として……」
「申し訳ない、もう時間だ。そろそろデイセントローズのところへいかないと、競竜が始まらない。そうなると、俺が観客に恨まれてしまう」
俺はそそくさと、その場から逃げるように立ち去った。
くそ、もっとデイセントローズのこと聞きたかったのに!
ラマ母のこととかも聞きたかったのに!
いろいろ、聞きたいことがあったのに!
何より、ティムレ伯の勝負の行方を見ていきたかったのに!!
知りたくなかった……こんなプート、知りたくなかった……。
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