古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第六章 魔王大祭 前編】

66.デイセントローズくんと、愉快に過ごしましょう!



 魔王城や<竜の生まれし窖城>の騒ぎもすごかったが、<死して甦りし城>の賑わいも、先の二つに負けていない。

 城内が解放されているせいで、敷地のあちこちに人影がある。
 それが飲み物のグラスを片手に、または食べ物を口に含ませながら歌えや踊れやの大騒ぎだ。
 珍しく静かだな、と思ったところには、めざといもので不埒な行為に及んでいる者が必ずいる。

 俺の城もこうなっていたら、どうしよう。
 マーミルが見なくてもいいものを、目撃してしまわないだろうか?
 アレスディアも双子も側にいない今、それが心配でたまらない。
 代理の侍女が、しっかりしていればいいんだが……。
 周囲の喧噪にそんな不安をいだきつつ、<死して甦りし城>の敷地を足早に抜けた。

「ようこそおいでくださいました、ジャーイル大公!」
 城の正門を抜けるなり、両手を広げてやってくるラマ。
 俺は万が一の抱擁を避けるべく、数歩手前で立ち止まった。

「すまないな。少し遅れてしまったようだが」
「かまいませんとも! 楽しみは多少じらされたほうが、いっそ興も深まるというもの」
 デイセントローズは自分の胸の前で、両手を大げさに組み合わせた。
 その口元に、不気味な笑みが浮かぶ。
 なんなのだろう。
 デイセントローズなんて大公の中では大して強くもない。だというのに、いつも得体の知れぬ気味の悪さを感じてしまう。その特殊能力を脅威に捉えているからだろうか。
 だが、同じ能力であるはずのリーヴには、こんな感覚は一度として抱いたことがないしな……。

「それで、いかがでした? パレードに爵位争奪戦の方は」
「問題ない。滞りなく開始された」
「そうですか。楽しみですね。見目麗しいパレードが我が領地にやってくる日もですが、私はこの機会にできる限り、みなさまの領地を回って、せっかくのお祭りをご一緒したいと思っているのですよ」
 こいつときたら、いつも他の大公領に行きたがってるような気がする。

「ところで、ジャーイル大公もどの竜かにお賭けになられますか?」
「いいや、やめておく。実際にレースを観戦している暇はないだろう」

 竜と一口にいっても種類があり、体格や大きさが異なる。
 レースはほとんどが体重別で階級分けされ、長距離や短距離などの様々な内容で競われる。
 だが初日の今日、始まるのは予選だ。
 それに勝ち抜いた竜が本戦に進み、最終の五日間で決勝を戦い抜き、それぞれのレースで優勝竜が決まるのだ。
 その間、観戦者は出場竜とその乗り手を選んで、賭けに興じる。

 もっとも、人間たちと違って我々、魔族には通貨というものがない。
 賭けるのは、自領や持ち物や自分自身の奉仕活動に限られる。
 そして勝ったからといって、手に入ったものが嬉しいものとも限らないわけで……。
 うん、参加する意義を見いだせないな。

「ですが、ジャーイル大公。直接観戦できないとしても、大公が自分や竜に賭けてくれていると領民が知れば、大いに勇気づけられるのではないでしょうか」
 結果はどうあれ、自領の竜に賭けてはどうか、ということか。
 まあ、確かにデイセントローズの主張にも一理あるが……。

「それだと自領の全参加者に賭けなければならなくなりそうだ。それに、うちの領民の場合、もし負けたら大げさな反応をしそうだしな……。今日のところはやめておこう。まあ、決勝戦までには考えておくよ」
 再度断ると、デイセントローズはあからさまにがっかりしてみせた。
 自分の担当する主行事を盛り上げたいという気持ちはわかるが、遠慮のないことだ。

「そうですか。プート大公やベイルフォウス大公は予選からすでに参加なさっておいでなのですがね」
 あの二人……仲は悪い癖に、やることは一緒とか。
 意外に考え方は似ているんじゃないのか?
 アレスディアに対するプートの態度を見て、俺の彼に対する評価は揺らいできているのだ。

「そんなことより、競竜をはじめよう。これ以上待たせては、それこそ観戦者たちが暴動をおこしかねないだろう」
 賭事に夢中になる者ってのは、いつでも興奮の度がすぎるものだから。
 俺はデイセントローズを促して、競竜競技の開始地点へと向かった。

 ここでもまた、出発は前地からだ。
 整然と並んでいるのは、今度は大小さまざまな数百の竜たちとその乗り手たち。
 戦闘場所を区切られていなかった爵位争奪戦とちがって、竜一頭に枠が一つ設けられている。
 それが長距離戦、短距離戦、障害戦――ちなみに、障害は妨害係による乗り手への攻撃だったり、幻術だったりする――などの内容によって、きちんと区切りがついていた。

 そしてその周囲を手に賭け札を持った魔族がぐるりと取り囲んでいる。その誰も彼もが口々にひいきの竜の名を呼び、騎手を励ましているのだ。
 その熱気たるや、すさまじい。
 まるでもうレースが始まっているかのような狂乱っぷりだ。

 俺とデイセントローズが前地に姿を見せたことで、その声はいっそう大きくなった。
 早く始めろ、という怒声にも似た要請の言葉が、いくつも聞かれる。競竜の観戦者は、荒々しい者が多いようだ。

「待たせたな! 野郎ども!! やっと大公方のお出ましだ!!」
 そしてデイセントローズが進行役に選んだデーモン族の副司令官も、やや口が悪いようだ。

「みんな賭ける竜は決まったか!? 俺は決まった!」
 本来は座るためのはずの椅子に片足を乗せ、手に持った自分の賭け札を高速で振り回している。

「待ち遠しいか? 開始の宣言が、待ち遠しいかー!! 俺は待ち遠しい!!」
「早くしろ!」
「お前の話なんてどうでもいい!」
「このウスノロ!」
「黙れ貴様ら、殺すぞー!!!」

 落ち着けよ。
 どっちも落ち着けよ。

「命を懸けて空を駆け抜けろ! さあ出発の合図をならせ、くそったれ!!」
 無駄に荒々しいやりとりが続いた後、ようやくラッパの音が鳴り響く。
 続いて聞こえた太鼓の音で、一斉にスタートが切られた。
 竜が足を踏みならし、空に飛び立つ衝撃で、大地と空は大いに震えたのだった。

 ***

 とにかく、これで今日開始の主行事は終わりだ。
 魔王様のところへ報告にいけば、とりあえず今日の俺の仕事も終わる。
 その後でようやく自領へ戻れるというわけだ。
 いくら大祭主といっても、ずっと本部につめていなければいけない訳ではないからな。
 それこそ、なんのための祭司か、ということになる。
 主行事が滞りなく運営されているのを見届けるのも役目だが、そればかりにかまけて自領の統制が乱れては意味がない。
 もっとも、主導者はフェオレスだ。抜かりはないと思うが……。

「ジャーイル大公、これで大祭主としての見届け業務は終わられたのでしょう? ならばぜひとも我が城でごゆるりとお楽しみいただきたいのですが。城にはデーモン族の美女もたくさん集っておりますし」
 誰がお前の誘いにのるか、と、思わず本心を言いたくなってしまう。が、いつもと違って今は魔王様の在位祭だ。今日は、めでたいお祭りの始まりの日なのだ。
 せめてこの百日間くらいは、誰に対しても機嫌よく振る舞おうじゃないか。
 それに、今の俺は以前とは違って、デイセントローズに興味津々だ。確認したいこともある。

「なににもまして、我が母をご紹介させていただきたいのです」
 おっと。これは願ってもない申し出ではないか。
 プートがあれほど反応した母君だ。本人と対面できるのなら、これ以上のことはない。
「母は貴方にお会いできる日がやってくるのを、それはもう楽しみにしていたのです。ええ、指折り……。ですからどうか、ご紹介させてください!」
 その態度からはいつもの慇懃無礼さは少しも認められず、ただ必死な様子だけが伝わってくる。

「そうだな、後は魔王様への報告が残っているが、少しお邪魔するくらいならかまわないだろう。ぜひその申し出を、受けたいと思うのだが」
 そう言うと、デイセントローズは見たこともないような明るい笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、ジャーイル大公。これで母の機嫌を損ねずにすむというもの……」
 母の機嫌?
 まさか、従兄弟そろって恐母家、とでもいうんじゃないだろうな。

 俺とデイセントローズは再び城門をくぐって、<死して甦りし城>のメイン舞踏会場へと向かった。
 本棟一階の大広間の一つだ。
 部屋の中程にそれぞれ百を越す楽員を擁する管弦楽団が二楽団、左右わかれて壁際にあり、交互に、時には協力して一つの音楽を奏でている。
 その音楽にあわせて舞踏を楽しむ者は中央へと歩み出、会話を楽しむ者はその周囲に雑然と立ち、あるいは座っている、という具合だ。
 この会場内に限れば、賑やかではあるのだが、品位は保っているといえよう。
 まあ、いくら魔族とはいえ、さすがにどこもかしこも即狂乱にとはならないだろうが。

 会場には、この大公城の主であるデイセントローズの固定席が用意されているようだ。
 プートでも三人並んで座れそうな幅の広い椅子が大広間の奥、お飾り程度の低い段の上に用意されている。
 背もたれには虹色に輝く薄いガラス、縁取りの枠には色とりどりの宝石がはめ込まれ、肘掛けは妙な曲線を描いている上に、そもそも手をおける位置についていない。
 見た目は美しいが、随分と座りごこちの悪そうな椅子だ。

「どうぞ、ジャーイル大公」
「えっ」
「おかけください」
「えっ。ここに?」
 まさか、俺が……というか、二人で一緒に並んで座るのか?
 見回しても近辺に他の椅子はない。

「どうぞ。ご遠慮なさらず。並んで腰掛けても、窮屈ではございますまい。そのために、こうして広くつくってあるのですから」
「いや、長居するつもりはない。立ったままで結構だ」

 ラマと同じ椅子に座ったところで、そりゃあ広いし身体が触れるわけでもないけど、なんか抵抗がある。
 しかし、今の言い分だとわざわざ作ったのか?
 この日のために?
 こんな奇妙で座りにくい椅子を?

「触れるだけで呪詛を与えられる我が能力を、警戒していらっしゃるのでしょうか?」
「いいや。いかにその力があるとはいえ、相手も時も所もかまわずしかけてくるほど愚かとは思っていないさ」
「そうですか」
 俺の言葉に、デイセントローズは実にいやらしい笑みを浮かべながら、頷いた。

「では、別に席をご用意させましょう」
「いや、わざわざ手間をかける必要はない。さっきも言ったとおり、それほど時間に余裕があるわけでも……」
「そんなつれないことを仰らずに、どうかゆっくりなさっていってください。ジャーイル大公閣下」
 いやにねばついた声が、耳を打つ。
 声のした方向に目をやると、そこには女装をしたデイセントローズ……もとい、ラマ顔の女性が立っていた。

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