古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第六章 魔王大祭 前編】

67.この息子にしてこの母あり



 結局、俺たちは大広間を出て談話室の一室へ向かった。
 ここも開放された一角だが、大公二人とその母一人という顔ぶれに遠慮してか、今は俺たちの他に誰もいない。
 俺とデイセントローズがほとんど一直線上に並び、ラマ女性がどちらからも等間隔をあけて、その正面に座っている。簡単に言うと、母親を頂点とした二等辺三角形を描いている、という感じだ。

「ジャーイル大公。こちらが我が母です。母上。大公閣下にご挨拶を」
「わたくし、デイセントローズの母で、ペリーシャと申します」
 腰から脛にかけて長いレースを垂らせた裾の短いスケスケパンツをはき、サラサラの毛が生えた足をむき出しにしたそのラマは、いったん立ち上がると優雅に腰をおってみせた。

 これがデイセントローズの母親……そして、リーヴの伯母というわけか。
 正直、顔だけをみれば、デイセントローズと驚くほど似ている。もっとも、俺はデヴィル族を見分けるのが苦手だから、そう思えるだけなのかもしれない。
 ……よくよく見れば、母親の方が睫毛が長いかな?

 ちなみにマストヴォーゼとその娘たちのように、身体まですべて同じという訳ではないので、顔以外を観察すればその違いは一目瞭然だ。
 デイセントローズは露出している手足は人のそれだし、尻からはトカゲの尾が、背には羽虫の翅が生えていて、身体は細いものの嵩高い。
 が、母親の方は首から下はやせこけた山羊のようで、頭に角も生えていなければ、背に翼もなく、しっぽも山羊のもの一本だけだ。

 ペリーシャは息子に比べても、あきらかに混合具合が低い。
 ラマと山羊、たった二種類というのは“自称・ブス”のティムレ伯よりまだ少ないのだ。
 ということはもしかすると、これはデヴィル族基準でいうところの不美人なのではないだろうか?
 リーヴの母とは双子といっていたし、同じ容貌なのか?
 だとすると、リーヴの母親が一時でもヴォーグリムの目に止まったのが不思議に思えてくる。なにせ、あのネズミ大公はアレスディアをさらったくらいだ。当然、面食いだろうと思っていた。

 面食いと言えば、プートのあの反応。ペリーシャが不美人と知っていたからこその、あの反応だったのだろうか。
 そうなると……それこそ面食いであるらしいプートがデイセントローズの父親、ということはあの態度からもあり得ない?

「お噂はかねがね……わたくし、閣下には随分前から御面識を得たいと願っておりましたのよ」
 ペリーシャは癖、なのだろうか。いやに媚びたような、卑屈に響く声音で話す。
 少なくとも俺はそういう喋り方は好きではないので、思わず眉をひそめてしまいそうになる。

「俺もお会いしたいと思っていたところだ」
 思ったのは、つい最近だがな。
「まああああ」
 対するペリーシャの反応は異常だった。
 立ち上がり、頬を染めながら俺の方へ駆け寄ってくる。そうして、足下に身を投げ出すように跪いて、俺のマントの裾をそっと握りしめたのだ。

「わたくしなどにご興味を持っていただけるとは、光栄の至りですわ! まあ、どうしましょう……! 嬉しくて失禁してしまいそう……!!」
 俺、どん引き。
 思わず椅子の上でたじろいでしまう。
 なにこの女性。
 変態? 変態なの?

「母上……!!」
 さすがのデイセントローズも苦々しい表情で立ち上がり、母親の手を俺の裾からひきはがしにかかった。
 それはそうだろう。仮にも大公の母親が他の大公へ取り縋るだなんて、臣下に示しがつかない。
 それも……驚きの、失禁発言ですよ。

「どうしてわたくしのことをお知りになったの? どなたかにお聞きになって? だとすれば、それはどなたなのでしょう! それとも、閣下自身がデイセントローズにひとかたならぬ興味をお持ちになって、その結果わたくしの存在にたどり着き、尋常でない欲にかられて、わたくしのことを」
 怒濤のように始まった口撃は、それはもう恐ろしいものだった。
 尋常でない欲ってなんだよ!?
 変に誤解されてはたまらない。真実をきちんと伝えなければ!
「いや、興味といっても、実は、あなたが俺の領民と親類関係にあると知ったのがきっかけなのだが」
「りょう……みん……」
 息子に抱き抱えられるようにして、元の椅子に座り直したペリーシャの表情は、一転して険しく強ばる。

「まさか……その、領民というのは……」
「母上……」
 どうやら母子とも、察しはついているようだ。
「我が城に勤めている者で、名をリーヴという。彼からあなたが彼の母の姉妹であり、デイセントローズは従兄弟であると聞いたものでな」
「リーヴが……あの女の息子が、閣下のお城に?」

 俺がリーヴの名を出した途端、ペリーシャは隠しきれない殺気をその身にまとった。白い顔は青ざめ、はれぼったい目が飛びださんばかりに見開かれ、手すりに置かれた山羊の蹄は小刻みに震えている。小さな口からのぞく少し黄ばんだ歯が、震えにあわせてカチカチと音をたてていた。

「実は、リーヴの母親が行方不明でな……息子のためにも探してやりたいと思っている。姉君ならば、何かご存じではないかと思い、お尋ねするのだが」
「まさか!!」
 ペリーシャはぎりり、と奥歯をかみしめた。
 蹄を何度も肘掛けにたたきつけている。
「知っていれば……もし、知っていれば、絶対に閣下へ差し出しておりますわ!」
「差し出す……とは、穏やかじゃないな」
 とは言ってみたものの、リーヴが俺を暗殺しようとしたのは大演習会の時のことだ。
 あれほど目立つ場所での事件だから、他の大公たちにもその事実が知られていたところで不思議はない。

「あの浅慮な女のことですもの! 罪を犯して逃亡したに違いありません!」
 ニタリ、とペリーシャは口元を歪ませた。
「いつもの淫売の手ですわ。色目をつかって、権力のある相手にすがって……」
 実の姉妹に対して、随分な言いようだ。

「でもごらんなさい。結果はどう? 容姿を誇って、ヴォーグリム大公をたぶらかしたあの女は、一年もたたないうちに捨てられ、こっそりと生んだ子もたかが無爵のできそこない。でも私の子は違う。デイセントローズ。あなたはあの方とわたくしとの間に愛をもって生まれ、今は大公にまで登り詰めた……ええ、そう。そうですとも」

 なにこの女性、怖い。
 ペリーシャは急に低い声でぶつぶつ言い出したかと思うと、話すうちに気分が高揚したのだろう。急にはしゃぐような態度をみせた。
 まるで周囲には誰一人いないかのようなその独白。瞳に宿るのは、見紛うことなき狂気だ。
 それは自害する直前のヒンダリスの姿を、俺に思い起こさせた。
 その狂気の瞳が俺に向けられる。

「あの女、どこにいるのでしょうねえええ。けれど、お約束いたしますわああ。見つけだしたら、必ず両手両足、首に胴、枷をつけ、重りで自由を奪って、必ず瀕死の一歩手前の状態でええええ、ひひっ、閣下の元へ、檻に入れておとどけいたしますわあああああ。ふふははははは」
 ぞおおおお。
 怖いんだけど、この人ちょっと怖いんだけど!!

「ところで、デイセントローズ。お父上には紹介していただけないのかな?」
 空気を変えるため、別の話題をふってみる。
 ペリーシャのいう“あの方”とやらに、ぜひ会ってみたいものだ。
 そしてどういう趣味ならば、この女性に手を出せるのかと聞いてみたい。

「あら、ジャーイル大公。ふふふ、そんな他人行儀な」
「母上!」
 ペリーシャの言葉を、きつい口調で遮るデイセントローズ。
「あら、ごめんなさい。そうね、まだダメだったわねええええ」
 息子と視線をあわせ、ふふふ、とペリーシャは笑った。

 なにその意味ありげな言葉……。
 他人行儀って、だって他人だもの。
 え?
「念のため、確認させていただくが……あなたとは、初対面だよな?」
 会ったことがあるとか、いわないよね。
 いくら俺がデヴィル族を見分けるのが不得意とはいえ、こんな個性的な女性が印象に残らないはずはないし!

「あら…………あらあら、どうしましょう。初対面ですって! そうでしたかしら? わたくしは勿論、閣下のことを存じ上げておりましたわ。ええ、よおく知っておりますわああ! そのお美しい容貌も含めて!!」

 俺の背筋に冷たいものが走る。
 なに、その返事!
 まさか、デイセントローズが俺の息子だとか、冗談でも言い出さないだろうな!
 デヴィル族とどうこうした記憶は、生まれてこのかた一度もない。大丈夫だ!
 お願いだから、そんな意味ありげな言い方しないで、きっぱり否定してくれないだろうか。

「申し訳ありません、ジャーイル大公」
 デイセントローズがいつもの表面的な笑みを浮かべてそういった。
「我が父とは、この城で同居してはいないのです。ご紹介については、いずれまた……その機会が参りましたら、ぜひ、ということで」
「ああ……そうだな……」

 なんだろう。もう父親の正体とか、どうでもいい気がしてきた。むしろ聞くのが怖い。
 というか、もうこの母子とは一秒だって同じ空間にいたくない。一人ずつならまだしも……いや、デイセントローズだけならまだしも、ペリーシャは彼女一人でも無理だ。一言発せられる言葉を聞くだけで、ぞっとする。
 プートが彼女と直接接したことがある、というのなら、あの態度も少しは理解できるというものだ。

「そろそろ、お暇することにしよう。ペリーシャ。お会いできて光栄だった」
 俺は立ち上がった。
 だが、触れたくないので握手は求めない。
「あら、あらまあ……」
 ペリーシャは名残惜しそうな表情を浮かべたが、その態度にも不快さが増すばかりだ。

「もう、ですか。ジャーイル大公を歓待するために、美しいと評判のデーモン族をそろえておいたのですが」
 デイセントローズがパチンと指を鳴らすと、どこからともなく着飾った娘たちがゾロゾロと出てきて、俺たちの前に整列する。

 うん、ああ……。なるほどね。
 大人しげな娘、活発そうな娘、色気がにじみ出た娘、いろいろなタイプがいるが、全員に共通していることがある。
 それは……。
「胸の大きな娘がお好みだと、お聞きしましたので」

 ヤ メ ロ。

 確かに、メリハリのある女性は好きだが、だからってそんなあからさまに……。
「まああああ。胸の大きな娘がぁぁ?」
 そういって、自分の胸部らしきあたりを見下ろすペリーシャ。
 やめて……そんな残念そうな顔で反応してこないで……。

「いや、次々歓待を受けていたのでは、キリがなくなる。万が一、魔王陛下へのご報告が日暮れを迎えてからになっては申し訳がたたない。せっかくのお誘いだが、今日のところは目の保養だけにとどめさせていただこう」
 俺が視線を向けると、幾人かの娘は頬を赤らめて恥じらった姿を見せた。
 デイセントローズの領民でなければな。

「そうですか。では、お楽しみは次回、いらっしゃる時まで残しておきましょう。そのときはどの娘でも、お望みのままになさいませ」

 どの娘でもお望みのままって!
 うわあ……なに、その本人たちの気持ちは無視したような、発言。
 お前の考えに俺はどん引きだわ。

 そうして俺は、その母子に対する悪印象を新たにし、<死して甦りし城>を後にしたのだった。




 ………………。

 正直に言おう。

 …………。

 怖かった。

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