魔族大公の平穏な日常
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【第六章 魔王大祭 前編】
「と、言うわけで、ですね。プートは突然叫び出すし、デイセントローズの母親はかなり変態っぽいし、ものすごく疲れたんです。わかってもらえます? この俺の苦労」
俺のため息にも、魔王様は無言だ。
少しくらい反応してくれてもいいのに。
「それというのも、魔王様の弟君が大祭主の仕事を全く手伝ってくれなかったせいで」
「関係ないだろ。ベイルフォウスは関係ないだろ」
あ、反応があった。
弟をかばうあたり、魔王様もやっぱり。
「なんだかんだ言って、魔王様も結局ブラコンなんですね」
しまった!
口に出してしまった。心の中だけで思っておくつもりだったのに。
俺は頭への衝撃を覚悟したが、意外なことに魔王様は舌打ちを一つしただけで、何もしてこなかった。
さすがに今日くらいは、忙しい俺の身を案じてくれているのかも知れない。
そう。俺は今、ようやく魔王城のここ――執務室で、魔王様に初日の成果を報告するというところまでたどり着いたのだ。
魔王城のほとんどの場所が開放されるとはいっても、さすがにこの部屋のある一角への立ち入りは、ごく一部の者にしか許可されていない。
当然、大祭主であり大公である俺は、その一部に含まれる。
……まあ、どのみちいつも勝手に入ってる場所だけどね。
「大祭主としての役割、ご苦労であった。それで報告は終わりか? 他にないのなら、辞してよいぞ。疲れておるのだろう? 自分の城でゆっくり休むのだな」
冷たい。魔王様が冷たい。頭への攻撃の代わりか。
「ほんとに愛想なしですね」
「何か言ったか?」
「いえ、何でもないです」
まあいいや。今日は本当に疲れた。余計なことをいって攻撃を受けないよう気をつけなければ。
「まあ、急いで帰る必要もないというなら、どこか空いてる部屋ででも休んでいくがいい。必要なら、案内させるが?」
あれ? やっぱりなんかいつもより優しくないか?
やはりあれか……これは、大祭主という役目が関係あるのだろうか。
一応、魔王様の代理としてあれやこれややっているんだもんな。
だけど、ゆっくりはしていけない。
自分の城でいろいろ気になることがあるからだ。
「お心遣いには感謝しますが、やっぱり自分の領地の様子が気になるので、このまま帰ります」
魔王様はそれ以上引き留めようともせず、頷いた。
「ところで、そなたに任せている魔王城の方だが、進み具合はどうだ? 最終日には公表くらいはできそうか?」
「公表どころか! ご存知の通り、みんなやる気満々ですからね。特に魔王様が視察に来てくださった日から、それはもう作業が進んで進んで」
隠蔽魔術を施してすぐのことだ。魔王様が直々にその効果を確認したいとおっしゃったので、俺が結界内まで案内した。
現場を見られた魔王様は隠蔽は完璧で、作業員の誰かが口を割らない限り、誰が見ても結界があることにすら気づかないだろう、と判断されたようだ。それで魔王城を新築するという事実は、完全に秘されることになった。
つまり、他の大公であっても……それが例え弟のベイルフォウスであろうが、新魔王城の件は口外してはいけないという命令が下されたのだ。
現場の者たちにも魔王様が直々に釘をさされた。
それだけじゃない。念を入れるため、休みの日には行き先を告げれば外出は許可されていたが、それも禁止となった。
その扱いは、副司令官のジブライールであっても例外ではない。
その上その家族や家臣たちには、なんと期間限定ではあるが記憶操作の術を施すほどの念の入れようだ。
ただ、俺と魔王様だけが自由に出入りできる状況となっている。
だから俺はせめてと考え、三日に一度は現場を訪れている。
今のところ誰からも不満はでていないが、大祭が始まったとなるとどうなのだろう。
まあ不満があったとしても魔王様に逆らう気概のある者なんて、いるはずもないが。
それほど魔王様はこの事業を他の者に……はっきりいうと、ウィストベルに知られたくないらしい。
本来、この大祭は彼女のために行われるべきだった。真の魔王は彼女なのだから、とは魔王様の言だ。
それでなぜ城のことを秘密にすることにつながるのかは、ちょっと俺には理解できない。どうやら当日に披露して、驚かせたいらしい。
「この分だと、竣工までにあと五十日もかからないんじゃないですかね」
「それは、思った以上だな」
千人を超す作業員たちは、そもそもそれまでも目を輝かせながら意欲的に作業にあたっていたが、魔王様の視察があってからは休日も返上して頑張っている。
なにせ……。
「なんでも、やはり美男美女コンテストには参加したい、という者が多くて」
「ほう」
通常は千年に一度しか行われないことだから、みんなぜひとも自分の思いを反映させたい、と思うものらしい。
もちろん自分の名を書いた上で、投票した相手が一位になることを期待している者もいるのだろう。
「それで、そなたは誰に投票するつもりなのだ? ウィストベルか?」
「あー」
美男美女を決めるコンテストなのだから、別に投票相手に好意の有無は関係ない。投票用紙は一人に一枚、そこに書いていいのは一名の名だ。
思いつく異性がいなければ、別に同性の名を書いてもいいわけだ。まあそこで、自分の名前も書いてしまえばちょっと意味は変わってくると思うけど……。
しかし普通は異性に投票するものだと思うし、俺もそうしたいとは思っている。だとするならば、そりゃあデーモン一の美女といって思いつくのはやはりウィストベルということになるわけだが。
ここで果たして、「ウィストベルが一番綺麗なので投票しようと思います」と魔王様に言ったらどうなるのだろう。
俺の頭は無事でいられるのだろうか。いや、頭だけですむのだろうか。
「ウィストベルなのだな? まさか、自分の名を記して投票するつもりではあるまいな?」
「いや、それはないです!」
そんなことをする意味がない。少なくとも、俺にとっては。
「魔王様はウィストベルに投票なさるんでしょうね」
「愚問だな」
「自分の名前を書いて?」
「そうしたいところだが……ウィストベルは知れば怒るだろうな」
魔王様の方はやっぱり公表したいのだろうか。
それはそうだろうな。
「ルデルフォウス? ここにおるのか? 主役が初日から部屋にこもってばかりいては……」
突然ノックもなく入ってきたのは一人の女性。
そんなことを許されているのは、彼女ただ一人と決まっている。
ウィストベルだ。
なんというタイミング!
噂をすれば、だな。
魔王城の下りから投票の件まで、話をしている最中だったらやばかった。
俺が焦る一方、魔王様は余裕の表情を浮かべている。
いや、余裕どころか……一気に表情が優しげに和らいだではないか。
だが、当の女王様は魔王様の元までいかずに、俺のところで歩みを止めた。
さらに肩に手を置かれ、ぐっと引かれる。
いつもながらの謎怪力で、俺は彼女の方へ向き直らされた。
後頭部に突き刺さるような視線が痛い。
「ジャーイルではないか。どうした、そのように疲れた顔をして。大祭主としてあちこちに足を運んで、気疲れしたか?」
「気疲れ……そうですね。そんな感じです」
「そうか。疲れておるのか。ならば休息が必要じゃの。どれ、私が介抱してやろう」
しかもこともあろうに、腕まで絡ませてくる!
「ちょ……ウィストベル、魔王様の御前ですよ!」
「おお、そうか。ルデルフォウスの前では遠慮が勝つと申すか。ならば、さあ、早うこちらへ」
やばい!
せっかく今日は珍しく優しい魔王様なのに、これ以上は今度こそ殺されかけない!
俺はウィストベルの気に障らないよう気をつけながら、彼女の腕を優しくふりほどいた。
「申し訳ありません。大祭主としての役割続きで、自分の領地の様子を一度も確認していないのです。急いで帰宅しないと」
「そんなもの、私とて確認などしておらぬ。ずっと魔王城におる故な。祭りは百日もあるのじゃぞ? 自領には代理もおろう? 配下にまかせておけばよいのじゃ。それとも、主は自ら選んだ者を信じるに値せぬと申すか?」
「いや、確かに……フェオレスは頼りになりますが、マーミルの様子も気になりますし」
「相変わらず妹に甘いの。だが、あまりしつこく構い過ぎると嫌われてしまうぞ?」
「ウィストベル」
ここで魔王様の助け船だ!
よかった、怒りが俺に向かずにすみそうだ。
「今の台詞を、自分にも言い聞かせてみてはどうか?」
魔王様! ちょっとその言葉はどうなんですかね?
ウィストベルは気分を害したようで、その強い瞳で魔王様をにらみつけている。
「私がジャーイルに対してしつこくしていると?」
「本人が喜んでいるように見えるなら、私は口をつぐんでいようからな」
魔王様は時々、ウィストベルが怒るようなことを平気でいう。
今もウィストベルの怒気がチリチリと肌を焼くようだ。
全く勘弁してほしい!
魔王様はMだからいいかもしれませんが、俺にまでとばっちりがこないとは限らないんですよ!
これはあれだ。
とっとと退散するに越したことはない!
それが賢明な判断というものだ。
「あ、じゃあ、俺、そういうわけなんで失礼します」
俺はさりげなくそう言い、こっそり執務室を抜け出そうとした。
……のだが、そううまくいくはずはない。
がっちりと、ウィストベルに腕をつかまれてしまう。
だが。
「今日はルデルフォウスに免じて見逃してやる。が、次の機会には私の相手をするのだぞ、ジャーイル」
「もちろんです! お約束します」
よかった!
どうやら今回はとにかく解放してもらえるようだ。
さすがは魔王様!
にらみ合う魔王様とウィストベルをその場に残して、俺はそそくさと執務室を立ち去ったのだった。
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