古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第六章 魔王大祭 前編】

73.ベイルフォウスくんを殴りたくなるのは、いつものことですね!



 ベイルフォウスが来ない。
 いくら待っても、ベイルフォウスがやって来ない。
 セルクとエミリーだって、とっくに侍従室から出て行ったというのに、ベイルフォウスがまったく姿を見せない。

 あ い つ !

 まさかもう美女を自分の部屋に連れ込んで……なんてことになってないだろうな!
 もういっそ、魔力なんて返さないでいてやろうか!
 俺は別にそれでもいいんだ。むしろ困るのはベイルフォウスの方で……。

 いいや、だが、そういう訳にはいかない。
 このまま爵位争奪戦を迎えてしまったら、ウィストベルに誤解されてしまうではないか。

 俺は執務室を出て、ベイルフォウスの捜索にのりだした。

 が、居場所はすぐにわかった。
 なんといっても、我が親友は目立つのだ。
 赤を基調とした盛装の、胸元に飾られた新緑のブローチについては言及しない!
 いつものように真っ赤な酒の入ったグラスを手に、長椅子にだらしなく寝転がっている。
 いや、言い直そう。長椅子に、じゃない。
 美女の太股の上に頭を乗せている、だ!

 ここは舞踏会の行われている大広間の一室。
 中の広いスペースでは管弦楽団の音楽に合わせて舞踏が行われているし、壁際では立って、あるいは所々に設置された椅子に腰掛けて、会話を楽しむ者たちで賑わいでいる。

 ちなみに俺がこの大広間にやってきたときには、ベイルフォウスの周りにはデーモン族・デヴィル族問わず、女性が二十人ほどいた。
 左右頭上足下膝の上、まあ場所を問わず囲まれ、触れられ、触れている感じだ。もう一つ付け加えておくと、そのうちの一人と口移しで酒を飲んでいた。
 俺が近づくと、ベイルフォウスは一人を残して全員を追い払ったが、だからといって誉める気にはならない。

「お前まだそんな格好なのか? とっとと着替えてこいよ」
 呑気な言葉に、俺のこめかみがぴくりとひくつく。
「お前こそ、なんでここにいるんだ。俺は執務室で待つといったはずだよな?」
「ああ……そうだっけな」
 こ い つ ……!

 魔王様、貴方の弟、本気で殴っていいですか?
 いいですよね、いいに決まってますよね!?

「それより、マーミルはどうした?」
 どうしようか。言ってやるか、それとも放っておくか。
 まあ、一度は注意しておくか。
「お前、そろそろ公の場所でマーミルに興味津々、みたいな発言をするのは、控えた方がいいんじゃないのか。もうシャレにならないレベルで本物のロリコンだと噂されるぞ?」
 お前の大事な兄上の領地では、ベイルフォウスが興味を持っているのだから、逆に俺の妹が大人っぽいのだろうと思われているくらいだ。妹を見たとき、彼らはきっとドン引きすることだろう。
 マジで子供じゃないですか、何してるんですか、ベイルフォウス閣下、と。

「言いたい奴には好きに言わせておけばいいだろう。そんな噂があろうがなかろうが、俺が女に不自由することはないからな」
 撫でるな。太股を撫でるな。
 あと、撫でられてる方もうっとりしない。
 もうちょっと慎みというものを覚えなさい!

「お前、ちょっとこっち来い」
 いやらしく動いていたベイルフォウスの腕を取り、そのまま強引に引き起こす。
「なんだよ」
「ついて来い。用事があるっていったろ」
「だからなんだよ、改まって用事って」
「いいから。あ、女性の同伴は許可しないからな」
 女性の腰に手を回したままついてこようとしたので、釘をさす。

「はあ? クソ真面目か」
 ベイルフォウスは不承不承、手に持ったグラスを給仕に預け、美女の腰から手を離して、俺の後をぶつぶついいながらついてきた。
「頼むから、あんまりどこででも卑猥なことをしてくれるなよ」
「お前な……俺をなんだと思ってるんだ」
 歩く猥褻物?
「いや、口にするな。なんとなくわかった」
 舌打ちするベイルフォウス。

「言っておくが、魔族の基準だと、むしろ俺よりお前の方がおかしいんだからな。誘ってくる女が山といるのに、手を出さないなんてどうかしてる」
「山といるか? 俺はあまり覚えがないんだが」
「……お前、それを俺以外の前で言うなよ」

 なぜため息。だって本当にそうだろう。
 確かに、近づいてくる女性は少なくはない。こういう舞踏会なら、なおさらだ。
 だが、それだって俺が大公だからで、他の理由からではない。

「で、マーミルは?」
「子供用の社交会場があるから、双子と一緒にそっちへ遊びにいくそうだ」
「ああ、さっき言ってた野いちご館とやらか。子供専用の社交場だなんて、変わったことしてるな、お前のところ」
「この統制がとれた健全な感じが、素晴らしいだろ」
「つまらない」
 言ってろ!

 だが、こんなくだらない話をするために、俺はベイルフォウスを美女から引き離した訳じゃない。魔力を返すためだ。
 そのまま、まっすぐ執務室へ向かう。

「おい、まさかこんな日にまで仕事か?」
「いいや」
「だったらなんで、執務室なんだ?」
「お前に魔力を返すためだよ」
「魔力を? 俺、お前にそんなもの取られた覚えないんだけど」
 部屋に入るなり長椅子に座ると、ベイルフォウスは両足を机の上に投げ出した。

「俺じゃなくて、鏡だ」
 俺は戸棚から手鏡の入った袋を取り出す。
 最初はこっそり魔力を返そうと考えていたが、対象者の姿を鏡に映さないといけない時点で、それは不可能だとあきらめた。
 いや、鏡を全部並べて継ぎ目を見えないようにして、とか工作すればなんと秘密でできたのかもしれないが、そこまでする意味もないだろう。
 ベイルフォウスの足を払いのけ、机の上に手鏡を並べる。

「これは……あれか。マーミルの魔力を奪った鏡。だがその件はもう、解決したんだろ?」
「ああ、解決はした。マーミルも元通り……」
 あ、そういえばまだ完全には返してなかったっけ。
 あの時はミディリースのところにあった鏡だけ、不足していたはず。
「ジブライールにも返した。後はお前だけだ」
「俺? 俺は別に……魔力が減ったなんて気はまったくしないんだけど?」
「お前の魔力量が膨大すぎて、気づかない程度だ。それでも、減少は減少だ」
「感じない程度ってなら、そんなのどうでもいいけどな」
「この先、大公位争奪戦があるのに余裕だな。お前がそれでいいってのなら、俺だって別にかまわない。ただ、後でグダグダ言うなよ?」

 面倒くさそうに応じていたベイルフォウスだが、俺の挑発的な言葉に剣呑な表情が浮かぶ。

「つまり、それはあれか……俺にそのわずかな量が戻らないと、確実にお前にとって有利な状況になる、ってことか」
 さすがに、俺を相手に勝つの負けるのという話になると、「どうでもいい」ではすまないらしい。
「ふうん……バカ正直だな、ジャーイル」
「誉め言葉と受け取っておこう」
 ベイルフォウスはニヤリ、と口角をあげた。

「どう取ってもいいけど、お前さ……そう告げることで、別の事実も明白なんだが、いいのか?」
 それほど些細な魔力の増減を知る能力があることを、白状しているようなものだと言いたいのだろう。
 だが正確に俺の特殊魔術の在処や能力が知れた訳でもないのだから、それはそれでかまわない。どうせ相手はベイルフォウスだ。

「何のことかな。俺は何も言っていないはずだ。それこそお前が何をどう取ろうと」
「ふん、まあいいさ。それじゃあせっかくだから、返してもらおうか。立てばいいのか?」
「ああ、そうだな。その方がいい」
 ベイルフォウスはすらりと立ち上がる。

 俺はマーミルやジブライールの時のように、ベイルフォウスの姿を手鏡に映し、呪文を唱えた。
 先の二度と同じく、変哲もない鏡に見えたその本体から魔力の筋が延びて、ベイルフォウスの纏うそれに同化していく。

 ただ…………。

「お前……あれ?」
「なんだよ」
「え……いや、うん……いや……」
「なんだよ。グダグダ言ってないで、はっきり言え」
「いや……なんでもない。なんでも……」
 ベイルフォウスの魔力総量って、こんな感じだったっけ?
 あれ?
 俺と比較して……あれ?
 でも鏡はちゃんと、四十枚あるし……。

「なあ、ところでこの手鏡。もらって帰っていいか?」
「え?」
「だから、この手鏡だよ。いいだろ?」
 ……なにその悪そうな笑顔。

「お前、まさかプートに使おうとか思ってるんじゃないだろうな」
 ぴくり、と微かにこめかみが動く。
 やめとけ。この鏡程度なら、プート相手に使用しても結果は同じだぞ――そう忠告してやろうかとも思ったが、わざとらしかったとはいえ、自分の能力についてごまかした後だ。余計なことは言わないでおこう。

「好きにしろ、といいたいところだが、駄目だ。もうずっと前から決めてたんでな。こうすることは」
 俺は術式を展開し、裸の一枚を残した三十九枚の鏡をその装飾ごとすべて砕いた。わずかな塵も残らないほど、粉々に。
 もっとも、こんなことをしたところで、人間達の町に行けばいくらでも鏡は手に入るのだろうが。
 一枚残したのはミディリースに預けていた分。もちろんマーミルのためだ。

「まあいいさ。魔族が人間の造ったものなんかに頼って相手を負かす訳にはいかんしな」
 カラリと笑って、ベイルフォウスは頭を掻く。
 まあそうだろう。いくらなんでも、ベイルフォウスが本気でそんな手に頼るとは思っちゃいない。

「さて、じゃあ俺は舞踏会場へ戻るか」
「ああ、俺も着替えてくるよ」
「お前が戻ってくるまで俺が残っているとは限らないが、今回はそこら辺も許してもらえるんだろ?」
 そこら辺、ってのはあれか。女性を自室へ連れ込んでも、ということか。
「まあ、今回はさすがにな……ただし、場所は選べよ」
「もちろん、自室の外では自粛する」
 ほう……女性のあちこちを撫で回したり、飲み物を口移しで飲んでいるのが、自粛している状態なのか。
 ……まあ、そうはいってもベイルフォウスだしな。

 そうして俺たちは、その夜はそれで別れたのだった。

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