魔族大公の平穏な日常
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【第六章 魔王大祭 前編】
大祭を司る役目についている、とはいっても、なにも毎日魔王城に通わなければいけない訳ではない。
それでも一日おきに魔王城へ参内し、朝から昼を挟んで六時間ほどは本部にいることにしている。
各主行事の詳細な報告書が毎日山と届けられるので、それを確認したり他の突発的な問題に対処している感じだ。
ちなみに、ベイルフォウスは魔王城のあちこちで姿を見かけるが、本部にはたまにしか顔を見せない。
だというのに奴がやってくるだけで、司祭たちの間に緊張が走るのが解せない。
それでも初日のように、些細なもめ事の裁可までゆだねられずにすんでいるのは、なんだかんだ言ってもベイルフォウスのおかげなのかもしれない。
俺が本部に寄らない日は、毎日<断末魔轟き怨嗟満つる城>まで分厚い報告書が届けられている。
本部からの帰りは新魔王城の建築現場に短時間でも寄ることにしているし、十日に一度ほどは、朝から夕方近くまで滞在することにもしている。
残りの日は、基本は自分の領地で過ごしているが、別に休んでいる訳ではなく、自領での仕事を淡々とこなしているという感じだ。
そこへ計画的、あるいは突発的な他の用事が入り、それに対応している。
夜はできるだけ城内・城外問わず、どこかの催しに顔を出すことにしている。
おかげで随分たくさんの領民と知り合うことができた。
俺の<魔王ルデルフォウス大祝祭>での役割といったら、概ねこんな感じだ。
ゆっくりできたのは、マーミルたちと出かけたあの一日だけ。
だが副司令官以下、役目についているものは、俺以上に忙しくしている者も多い。
揉め事が勃発しない日はないので、治安維持部隊は頻繁に出動を要請されており、ヤティーンは休む暇もない。もっとも、相変わらず嬉々としているので、本人にも不満はないようだ。むしろ出動にかこつけてあちこち赴けるので、いい気分転換になっているふしがある。
俺が不在なことが多いせいで、領内の出来事を総括してもらっているフェオレスも同様に休暇を取っている様子はない。それでも彼の優雅さは崩れない。俺の城には恋人もいるので、息抜きはできているのだろう。時々二人で一緒にいるところをみかける。
全日程でパレードを引率しているウォクナンに休日などないのは言うまでもないが、自身は疲れれば一番前でふんぞり返って座っていればいいだけだし、むしろ美女に囲まれてあちこち見て回れるのだから、不満を口にするはずもない。
そんなわけで副司令官で鬱憤が溜まっている者がいるとすれば、それはジブライールだと思う。なにせ、本来なら自由であった結界外への外出が禁じられたおかげで、大祭の空気をいっさい肌で感じることができないでいるのだから。
そんな状況を考えれば、自分がゆっくりできないからといって、嘆く訳にもいかない。
付け加えておくと、他の大公はとても優雅に過ごしているように見えるがな!
ベイルフォウスとウィストベルは言うに及ばず、他の大公の姿も魔王城で割とよく見かける。
彼らはいつ見ても歌い、踊り、宴に興じている。役目があるかないかで、これだけ差がでるのはいかがなものだろうか。
もしも今後、○年祝祭とかの催しがあれば、その時はもっと役割が平等に負担されるような案を提案してみることにしよう。
もっとも、これは<魔王ルデルフォウス大祝祭>。
魔王様を祝う祭りなのだから、彼らがもてなしによってその主役を愉しませようと努力するのは、間違っているとは言えない。
つまり。
「いいな、みんな暇そうで」
「ははは。冗談がきついや、閣下。俺たちからすれば、閣下でもうらやましいですよ。あっちこっち行って、そりゃあ大祭を楽しんでらっしゃるんでしょうから!」
「悪い。失言だった」
本棟の設計を一手に担っているのは、イタチ顔をした建築士のニールセンだ。その笑い声は乾き、笑顔はひきつっている。
そうとも。彼らの前で口にしていいことではなかった。
なにせこの新魔王城の建築に携わっている者はみんな、ジブライール同様遊ぶどころか仕事が終わるまで、この区域から一歩も出ることすらできないのだから。
「そうはいっても、この大事業はやりがいがありますよ。まあそれに、閣下が各地の様子を転写魔術ででっかく食堂に流してくれたり、競竜の掛札を買ってきてくれたり――あ、ちなみにこの間の券、当たりましてね!」
「おお、すごいな!」
「商品も高級食卓だってんで、家族に手紙で知らせたら、嫁も娘たちも大喜びしましてね!」
こんなに落ち着かないやつなのに妻帯者なのか、ニールセン。
「まあ、結論としては、俺たちもそこそこ楽しんでる、ってことです」
「それならよかった。君らが喜んでくれているというのなら、工夫したかいもあるというものだ。それに、恩賞会では報償を奮発してもらえるように頼んであるから、そっちも期待してくれ」
「それなんですが、閣下。魔王様からの報償より、俺はその……」
ニールセン、なぜか急にデヘデヘといやらしい笑顔を浮かべる。
「閣下のお城にご招待されたいなぁ……なんて」
俺の城に招待?
千人全員を、か?
できないことはない。というより、物量的には実現可能だろうが。
「舞踏会を開くと言うことか? そんなことでいいのなら」
「いや、閣下。舞踏会じゃなくて、食事会がいいです!」
「食事?」
「そうっす」
イタチ、こくりと頷く。
現状の食堂でわいわいやるのと、どう違うのだろう。確かに千人一同をというのは今の食堂では無理だが、そんな事にこだわっている訳ではなさそうだ。
大公城という場所の問題か?
さっき高級食卓に大喜びしていたところをみると、高級志向が強いのだろうか。
「ああ、いいですね」
同意の声をあげたのは、本棟の現場主任を任せている青年で、名をオリンズフォルトという。灰色の髪に薄氷色のきつい瞳が特徴的な、魔王様配下の伯爵だ。
俺は二人と完工間近の一室を、設計図片手に確認している途中だった。
魔王様へ報告した通り、工事は急ピッチで進んでいる。本棟でさえもう外装はほとんどしあがって、あとは細かい装飾と内装を残すのみとなっている。
大祭が始まって二十日ほど経ったとは言え、本棟といえばこの魔王城で最も広大な建築物だ。部屋の数も大小あわせて千はくだらない。しかも、ちょっと複雑な形になっているし……。
それを準備期間あわせて七十日ほどでこの状態とは、驚異的なスピードだ。
ちなみに、今いるのは執務室になる予定の部屋だ。
えっと……俺があそこから入ってきて、となると、魔王様の執務机はあっちだろうから、長椅子はここに置かれて、俺が座るのは……。
「私は伯爵ですが、以前のジャーイル大公閣下の新任お披露目舞踏会には同行を許可されませんでした。お許しいただけるのであらば、閣下の城へ一度、ご招待いただきたいものです」
「そんで、ぜひ」
妄想にふける俺の耳に、二人の力強い声が届く。
「アレスディア殿の歓待を」
「ミディリース殿の接待を」
……。
ん?
なに?
今、なんて言った?
「アレスディア?」
「はい! 閣下の侍女どのがえらい美人だって噂は、この現場まで届いてきてるんですよ! すごいと思いませんか? 出入りなんて魔王様と閣下しかしてないのに!」
ああ、パレードに参加しているせいで、噂になっているのだったか。
しかし、ニールセンめ。さっきは愛妻家だと言わんばかりだったくせに、結局そうなのか!
まあ魔族は所詮、本能に従うものだ。しかもこいつ、欲望に素直そうだし。
そっちはわからないでもない。だが。
「ミディリース?」
「ええ」
にっこりと微笑むオリンズフォルト。
だが、目が笑っているように見えない。
彼の癖なのかもしれないが、そのせいで冷たい印象に感じることがしばしばあった。
「なぜ、ミディリース……」
彼女と会ったのは、たったの一度だけのはずだ。
しかも、あの時のミディリースはフードを目深に被っていた。
そうでなくとも俺の妹かと疑ったほど幼く見えるあの娘に、まさか彼は興味を持ったというのだろうか。
「もしかして……君はいわゆる……」
ベイルフォウス的な。
「ロリ」
「ここだけの話にしていただけますか?」
オリンズフォルトは細く長い指を、そっと自分の唇に立てかける。
「特にミディリースには、絶対に明かさないでいただきたいのですが」
随分、意味深だな。
「内容による」
俺の返答にオリンズフォルトは苦笑を浮かべた。
「ごもっともですね。実は……」
そう繋げはしたものの、理由を言うかどうか逡巡しているようだ。
少したって、彼はようやく思い切ったように口を開いた。
「私は彼女とは顔見知りでして」
「知り合い? だが、ミディリースの方は……」
オリンズフォルトに反応していなかったようだが。
だいたいオリンズフォルトだって、知り合いとわかったのならなぜあのとき声をかけなかったのだろう。
「私がミディリースに出会ったのは、子供の頃のことなのです。彼女はそのままの姿なのでわかりましたが、それでも不安でしたので、閣下に妹君ですか、とお尋ねしました」
「ああ」
確かに、そうだった。
「一方で私は大人になって外見も声音も随分変わってしまったので、彼女がそうと気付けなくても、無理はありません。この六百年、居場所がつかめなかったので、閣下に同行している姿を見たときには、正直驚きました」
「幼なじみ、というやつか」
「ええ。まあ……」
そう言ってから、オリンズフォルトは首をかしげた。
「いえ、正確には血縁者です。私の祖父と、彼女の祖父が兄弟でして。まあ、魔族にしては遠縁なので、それほど親しい間柄でもなかったのですが」
血縁者?
祖父同士が兄弟ということは、又従兄弟になるわけか。
しかし全く似ていないな。
まあそうだな、従兄弟であるデイセントローズとリーヴでもあれだけ違うんだ。
デーモン族だからって似るとは限らないか。
「ですので、できれば自分の口から素性を伝え、驚く顔を見ることができればと思いまして」
なるほど。
一見冷たく見えるが、少しはお茶目な面もあるようだ。
「まあ、そうだな。君たち二人の要望は考慮しておこう。他にも同様に望む者がいれば」
「もちろん閣下! デヴィル族の男なら誰だって、アレスディア殿にもてなしてもらいたいに決まってます!」
わかった。わかったから、がっしりと腕を掴んで爪をたてるのはやめろ。
「俺の一存で決めるわけにもいかないしなぁ。魔王様に相談してみるよ」
「絶対っすよ!」
「ご招待いただけることを、期待しております」
そうして俺たちは、その後は特に雑談で盛り上がることもなく、淡々と部屋の点検をこなしていったのだった。
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