古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第六章 魔王大祭 前編】

81.5.もう二度と、拾い食いはしません



 体がだるい。だるい、だるい、だるい……とってもだるい、の。
「だからだるいって言ってるでしょう!!」
 私はその自分の大声に驚いて、目をさましました。
 横にはビックリしたみたいに目をまん丸にする、お兄さまのお顔。

「あら……?」
 私は上半身を起こしました。
 なんだか体のあちこちが固まって、ミシミシいう気がします。

「……マーミル。よかった」
 ホッとしたように息をついて、手を伸ばしてくるお兄さま。
 その暖かい手が私の頬を優しくなでてくれます。
「どこか痛いところはあるか? 気分はどうだ? 頭は大丈夫か?」
「背中がちょっと痛いですわ、お兄さま」
「おい、サンドリミン!」
 お兄さまは慌てたように後ろを振り返ります。
「丸二日も眠ってらしたのです。そりゃあ、背中だってどこだって、多少は痛くなりますよ」

 あら。ハエの顔をした医療班長の姿があるではありませんか。
 彼は今なんと言いました?
「私……二日も寝てたの? お兄さま、私、また熱でも出しましたの?」
 サンドリミンの治療を受けるだなんて、それ以外に理由が考えられません。
「覚えていないのか?」
 兄の手が、今度は額に置かれます。

 そういえば、あれ……?
 私、どうして寝てるんでしょう。
 いつ、自分のベッドに横になったんでしょう。
 確かネネネセと一緒に野いちご館に行こうとして……そう、途中でベイルフォウスが来たんだわ。
 それから四人でお庭に出て、お茶を飲んで……。

「おい、サンドリミン!」
 またお兄さまの慌てた声。
「酩酊した時の記憶というのは、忘れがちなものです」
「大丈夫なんだな」
「そう思います」
「そうか……」
 サンドリミンの平坦な対応に、お兄さまも落ち着きを取り戻したようです。

 でも、私は逆に不安になってきました。
 お兄さまがそんなに私のことを気にかけてくださるだなんて、何があったのでしょう。
 めいてい、ってなに?
 覚えているのはそう、ベイルフォウスが鼻の下を伸ばして綺麗な女の人めがけて突進していったところまでで……あら、違うわ。その後確か、私はアメを……とってもキレイなアメを見つけて……。

「そうだ。あのアメを食べてからの記憶がないんだわ」
 私が手を叩いてそう叫ぶと、お兄さまは大きなため息をつきました。
「まったく……。お前ってやつは」
 そうして両手を私のほっぺに当てて、びよんと引っ張ります。
「いはい、おにいはま」
「拾い食いなんてした罰だ」
「おめんなはい」
 そう言うと、お兄さまは私のほっぺから手を離してくれました。

「だって、別に地面に落ちていたものじゃないからいいと思ったの」
「ネネネセは止めたと言っていたぞ」
 確かに。お行儀悪いって言われたわ……。
「だって、とってもキレイで……食べてって飴が……」
「飴は喋りません」
 でも聞こえたような気がしたんだもの……。
「だって、ベイルフォウス様の持っていたものだから、変なものだとは思わなかったのよ……」
「今後は一番、怪しみなさい」
 今までだって、たまにお菓子をくれたもの。だからその飴も、私にくれるために持ってきたものだと思ったのよ……。
「……ごめんなさい。もう二度と、拾い食いなんてはしたない真似はしませんわ」
「当然だ」
 お兄さまは長いため息をつきました。

「アディリーゼのように大人しくなれとは言わない。だが頼むから、あまり不用意なことをしてお兄さまを心配させないでくれ。お前はたった一人の家族なんだから……」
「はい、ごめんなさい……」
 なにがあったのだかよく覚えてないけど、お兄さまがとても心配していることはわかるから、とにかく謝っておこう。
 あのアメを食べてからの記憶がないということは、私はとたんに熱を出したとか気を失ったとかで、お兄さまを心配させたに違いないのだもの。
 そう、記憶がない……あれ?
 何かしら……今、何かがよぎった気がする。

「それで、ベイルフォウス様は?」
 私がそう聞くと、お兄さまは変な顔をしました。
「お前は二日も眠ってたんだぞ。ベイルフォウスがいるわけがないだろう。なんであんな奴のことを気にするんだ。まさか、まさかお前……やっぱり奴に何かされたんじゃ……」
「?? 何かって?」
「旦那様、落ち着いてください!」
 サンドリミンが慌てた様子で兄の側にやってきて、その象手でお兄さまの腕を器用につかみます。

「何もされてません! マーミル様は無事です、旦那様! ベイルフォウス大公閣下もおっしゃっていたではありませんか。何もしていない、と。お願いですから、興奮して百式なんて展開しないでくださいよ!」
「離せ! お前は俺をなんだと思ってるんだ。ぶっ放すわけないだろ、百式なんて!」
 そうですとも。お兄さまはそんな短気ではありません。
 ベイルフォウスならともかく!

「お兄さま、お兄さま」
 私はベッドから降りて、兄の服の裾をつんつん引っ張りました。
「私なんだかちょっと気分がだるいのよ」
「さっきから言ってるな。大丈夫か?」
 兄はしゃがみ込んで、私に視線を合わせてくれます。

「でも、お兄さまがぎゅってしてくれたら、きっと治りますわ」
 そう言って両手を差し出すと――。
 お兄さまは苦笑を浮かべた後、私の体をぎゅっと力強く抱きしめてくれました。
「無事でよかった、マーミル。後でネネネセにも謝っておくんだぞ。ずいぶん、心配をかけただろうから」
「はぁい……」
 そうして私の背をやさしく撫でてくれる手に心地よさを感じながら、私はまた眠りについたのでした。

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