古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第七章 魔王大祭編 中編】

82.そろそろ美男美女コンテストの準備をしないといけません



 魔王城では連日、正午には数百人が一堂に会する大昼餐会が開かれている。
 百人ほどが向かい合って座れる長方形のテーブルが、魔王様の座る長テーブルに直角に配置されていて、席順は珍しく身分に左右されず自由と決められている。
 その会食には、魔王様は必ず毎日参加される訳でもない。だからというか、いらっしゃる日にはここぞとばかりに近隣席の静かな奪い合いが始まる。
 だが結局下位は上位に遠慮せざるを得ず、魔王様の周囲はいつも同じ顔ぶれになってしまう。
 だから俺は、せめて自分が参加する時にはなるべく端っこの席に座るよう、気をつけることにしていた。だが、なぜか……特に女性陣から、魔王様の近くに行くよう勧められることが多い。

「それはそうだろう。デーモン族の中でも相当の美形である二人が並べば、見ている者の目も心も潤おうというものだろうからね」
 まあ、俺だってたまに見た目を褒められるから、悪くはないんだろうが。
「だったらベイルフォウスの方がいいんじゃないかと思うんだが」
「まあ、ベイルフォウスは今更隣にいてもそう珍しいものでもないからね。なんといったって、彼は陛下の弟君だ。それに比べると、ジャーイル。君は二人とは全くタイプが違うし、私たちなら君と陛下が並んでいるのを見慣れていても、下位の者たちにとってはまだ物珍しく感じるのだろう」

 そう説明してくれたのは、サーリスヴォルフだ。
 彼は――今日は男性――俺の姿を見つけるや、わざわざこの隅っこまでやってきて右隣に座ったのだ。
 ちなみに、逆の左隣には彼の恋人であるらしいデヴィル族の女性魔族が座っている。恋人同士に挟まれて、正直居心地はよくない。
 もっとも二人は俺を無視して話し込むというようなことはしなかったし、そもそもその女性ははにかんだような微笑を浮かべて、たまに口を開いても、サーリスヴォルフに優しく同意するばかりだ。
 彼女がデーモン族であったなら、俺はとても興味を抱いていたかもしれない、と思えるような慎ましやかな女性のようだった。
 対面に座っているのはデーモン族の女性だが、両脇を知人らしき男性に囲まれ、その二人と楽しそうに会話に興じている。だからそちらはあまり気にしないでもいいだろう。

「ところで美形、というとパレードだけど、随分と噂になっているね。君のところの侍女」
「そのようだな」
 サーリスヴォルフもやはり興味をもつか。ベイルフォウスみたいに女性なら――いいや、デヴィル族限定で、男女どちらであっても見境なさそうだもんな。
「なんでもアリネーゼに遜色ないほどの美女だそうだね。一部には、彼女よりなお美しい、と誉め讃える者もいると聞く。なんでも、<アレスディア様の美貌を堪能するために可能な限り尽力する会>とかいうものまで出来てるんだって?」
「それは……初耳だ」
 なんだよ、可能な限り尽力するって、何するんだよ。
「君へ近づいてこようとするデヴィル族男性が増えていないかい?」

 そういえば最近、視線を感じることが多くなった。その主を捜し当てると、確かにデヴィル族の男性で、物言いたげに俺をじっと見ているのだ。一度なんかは「何だ」と聞くと、「ジャーイル閣下とぜひ、お近づきになれれば、と思い」とか、もじもじして言うのでゾッとしたんだが、あれはその先にアレスディアを見越してのことだったのか。
 特殊性癖の持ち主かと思って、思わず逃げてしまったではないか。

「おかげで、美男美女コンテストは大波乱の幕開けとなるかもね。なにせ、その噂を聞いたアリネーゼがかなり苛立っているようだから」
「そういえば……魔王城でもこのところ彼女を見かけないな」
「露出を減らして欲望を煽る作戦か、アレスディアに対決するその時のために、美貌を磨いているのか……彼女の城でも姿を見せる機会は減ったようだよ」
 どんだけ本気なの。たかが美男美女コンテストに、みんなどれだけ本気になってるんだよ。

 だが実はこのところ見かけないのはアリネーゼだけじゃない。実は、ウィストベルもだ。
 魔族最高の美女二人が、揃って不在というのが不思議だったのだが、ウィストベルも美男美女コンテストに向けて作戦を練っているのか?
 まさか……もしそうだったら、魔王様が気の毒すぎる。
 いつもは隠れてしかいちゃいちゃできないウィストベルを、大祭中は堂々と側に置いておける又とない好機だというのに。

「まったく甲斐のない話さ。こっちはあの美貌で目を肥やしたいのもあって、頻繁に魔王城に足を運んでいるというのに」
 いいのか、恋人が聞いてるぞ。しかもアリネーゼとは同性、女性の恋人だぞ。
 当然というか、サーリスヴォルフはデーモン族であるウィストベルの不在までは気にならないようだ。

「そうなると、パレードの見学をアリネーゼにお願いしようと思っていたんだが、やめておいた方が無難だな」
 最初はベイルフォウスに頼もうと考えていたんだが、あの事件の後では訪領を言い出せる機会もないままに、パレードはベイルフォウスの領地を出てしまった。
 今はアリネーゼの領内にいるから、マーミルを連れて見学を申し込もうと思っていたのだが、ライバルの身内みたいな俺たちが行っては、とばっちりを受けないとも限るまい。俺だけならいいが、妹がその被害に合うのはな……。

 ちなみに、アリネーゼの領地を逃すと、次はデイセントローズの領地になってしまう。地方を練り歩いているうちに訪ればいいだけの話だが、俺が行くと言えば、ラマがあの母親を連れてその場所までやってくる可能性も否定できない。
 マーミルに悪影響を及ぼしそうなものは、できるだけ排除したい俺としては、彼らと妹を引き合わせたくはなかったのだった。特に、あの母親には絶対に会わせたくない。

「そうだねぇ……そもそも、ウィストベルと仲のいい君のことを、アリネーゼは快く思っていないからねぇ」
 えっ。快く思われてないの!?
「うちの領地が先だったなら、妹君とそろって招待したんだけどねぇ。むしろうちは君の後だし。まあ単純に遊びにだけなら、その時に限らずいつでも来てくれればいいけど」
「ああ、ありがとう」
「そういえば、君さ。ベイルフォウスとは仲違いでもしたのかい? 最近、あまり一緒にいるところをみないけど」
 めざといな、サーリスヴォルフ。
 別に俺は公の場所で、ベイルフォウスと特によくつるんでいたというつもりはない。
 とはいえ実は、催淫剤の一件以来、ベイルフォウスとは不自然なほど顔を合わせていなかった。本部には時々顔を出しているようだが鉢合わせすらしないし、舞踏会場や食事時に遠くで見かけたと思っても、すぐにいなくなる。
 俺の方は特に意識していないから、ベイルフォウスの方が避けているのかもしれない。

「いや、別に喧嘩なんてしていないよ。ただ……まあ、少し距離は置いてるかな」
「へえ……また、なんで? 大公位争奪戦に向けて、本気で戦うためのけじめだったりするのかな?」
 サーリスヴォルフの瞳がキラリと光ったように見えた。
「いいや、そんなつもりじゃない。もちろん争奪戦では相手が誰であろうが本気で戦うが。ただ、ちょっと色々あって」
「色々、ね」
 サーリスヴォルフは興味津々のようだったが、身内のピンチを軽々しく語る必要はないだろう。

「これはあくまで噂なんだけど」
 サーリスヴォルフはにこりと笑った。
「仲のよい二人の大公が、一人の女性をめぐって仲違いをしたのだと……」
 仲のよい大公? 女性をめぐって?
「まさかそれが俺とベイルフォウスのことだっていうのか?」
 仲のよい、が大公に限定されているからには、俺とベイルフォウスのことなのだろう。なにせ、他の大公たちは当たり障りなく付き合っているようには見えるが、とても仲がよいようには見えないからだ。
 だが、女性をめぐって、と続くとなると?
 一人の女性というのはウィストベル……いや、もしかして……。

「心当たりがあるようだね。相手はなんでも天真爛漫な、金髪のスレンダー美女らしいじゃないか」
 天真爛漫……金髪……スレンダー!
 やっぱりこの間、催淫剤のせいで大人になったマーミルのことか!
 医療棟までなるべく人通りの少ないところを通るように気をつけたとはいえ、目撃者を無くすことはできなかった。ただでさえ、あの時のマーミルは騒ぎっぱなしで人目をひいたからな……。
 だがだからといって、なんで俺とベイルフォウスが妹を取り合ったことになってるんだ。
 しかしものは言いようだな、スレンダーとは!

「いや、違う。あれはその……俺の身内であって、ベイルフォウスと取り合った事実はない」
 待てよ。どうせ真実からほど遠い噂話だ。
 下手に誤解を解こうとするより、このまま放っておく方が無難かも知れない。どうせベイルフォウスと疎遠になっていることの理由や、スレンダー美女の説明はできないんだ。
「へえ、君の身内……」
 サーリスヴォルフが興味を抱いてしまったようだ。万が一紹介しろと言われる前に、話題を変えないと。

「そんなことより、コンテストの投票箱の設営についてなんだが、そろそろ取りかかった方がいいんじゃないのか」
 美男美女コンテストはあと十日後に迫っていた。魔王城の前に投票箱が置かれるのだが、成人魔族全員が投票権をもっているから、そのすべての用紙が投じられる箱となると、巨大なものを造らなければいけない。
 ちなみに、その石の投票箱を用意するのは大工たちではない。大公――この場合、俺かサーリスヴォルフかが、魔術でその切れ目のない厚さ一m、縦横二十m、高さ十mの頑丈な石の箱を造るのだ。

 疑問に思って、聞いてみたことがある。
 もっと小さい箱をいくつも作って、満杯になった箱からその都度、もしくは一日ごとに集計をすればよいのではないかと。その方が手間を考えても賢いやり方だと思えたからだ。
 だが主行事を話し合った運営委員たちから返ってきた答えはこうだ。

 そんな誰でも持ち運びできるような箱をいくつも作って、紛失したり、不正が行われたらどうするのか。いいや、不正はないとしても、万が一箱が破損して中の投票用紙まで影響を及ぼしたらどうなると思うのか。
 美男美女を決めるこのコンテストは、魔族にとっては一大事であり、少しの危険も冒すことなどできないのである。
 故に、石の箱は魔王か大公が責任をもって建造し、階段を登った上部に設けられたたった一つの投票口から、用紙は投函されねばならないのである。
 その躯体には麗しい我が魔族を讃える文字と絵が彫られ、見るものを驚嘆させ、かつ激情を思い起こさせねばならぬ。そう、選ばれし彫刻家たちは、箱の装飾に命を賭けて臨まねばならぬのだ!
 また、投票箱には魔王あるいは大公自らあらゆる魔術、あらゆる衝撃を防ぐ防御魔術を施し、その強度を保証しなければならない、と。

 どんだけ……どんだけ、美男美女コンテストに本気なんだ!

 ちなみに、今回投票箱に防御を施す役は、その担当者であるサーリスヴォルフが引き受けることになっている。
 そのタイミングは彫刻家たちが装飾を終えた日だから、投票開始日の前日となるだろう。

「そうだね。箱の彫刻には時間がかかるだろうから、そろそろ始めた方がいいかもしれないね。さっそく陛下の許可をいただいて、今日から始めようか?」
 よかった。話題転換に乗ってくれた。
 俺が言い出さずとも、サーリスヴォルフもそろそろと思っていたのだろうか。
「彫刻家たちを連れてきているのか?」
 石箱を飾る彫刻家たちの選出は、担当であるサーリスヴォルフに一任されていた。
「いいや。でも、選んではあるからね。今からすぐに来るよう申し伝えれば、飛んでくるだろう」
「待機を命じてあるとか?」
 俺の質問を不思議に思ったのだろう。サーリスヴォルフは怪訝な表情で、「いいや」
と否定した。

「だったら明日でいいんじゃないかな……ほら、色々用意もあるだろうし、都合だって……」
「用意なんて、できていて当然だろう。都合はつけるものだし」
 何を言ってるんだ、という顔で見られた。
 そうか、俺がおかしいのか。なるほど。

「わかった。任せるよ」
 哀れ、サーリスヴォルフの配下たち。でもいつもこうだというのなら、彼らだってきっと慣れているはずだ。

「では早速、陛下のところへご報告かたがた、許可をいただきに行こうか。それとも、君はまだ食べたりないかな?」
「いいや、大丈夫だ」
 俺はナプキンを置いて立ち上がった。
「我々は行くが、貴女はゆっくりしていきなさい」
「はい、我が君」
 サーリスヴォルフと彼の恋人は、優しく言葉を交わして微笑みあっている。
 さっきから、なにこの理想的な感じ。なんてうらやましいんだ、サーリスヴォルフ。

「ところでジャーイル。君、気づいてたかい?」
「なにが? サーリスヴォルフと彼女の仲睦まじさなら、もちろん」
 今この時にも、見せつけられているからな。
 魔王様のところへ向かう途中で、サーリスヴォルフは立ち止まっては席を振り返り、恋人に手を振っているのだ。

「違うよ」
 サーリスヴォルフは意味ありげな微笑を浮かべた。
「君の前の彼女……随分もの欲しそうに君を見ていたよね。話しかけてもらいたかったんじゃないのかな?」
 前の彼女って、両脇を男性に囲まれていた女性だよな?
 俺を見ていたって?

「なんだろう……用事でもあったのかな? だったら自分から話しかけてくればいいのに」
 舞踏会以外では、特に下位から上位に話しかけてはいけないという決まりはなかったはずだ。
「君は……いっそベイルフォウスに師事した方がいいんじゃないの? 本気で相手を見つけたいならさ」
「またそんな。あの女たらしに、何を教えてもらうって?」
 てっきり軽い冗談を言われただけだと思って笑って返したら、真面目にため息をつかれた。
 その台詞が本気で口をついてくるだなんて、まったく解せない。

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