魔族大公の平穏な日常
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【第七章 魔王大祭 中編】
魔王様に石箱の設置許可をもらってすぐ、黒の制服に身を包んだ四人の近衛兵を引き連れ、俺とサーリスヴォルフは魔王城の前地に赴いた。
なんと、彫刻家たちも一緒だ。
サーリスヴォルフが彫刻家を召集する旨を配下に伝えてすぐに、彼らは飛ぶようにやってきた。その内訳は、デーモン族デヴィル族がそれぞれ五人ずつ。
どちらの絵姿も彫らねばならぬとあって、公平を期すために人数も同じにしているという。
ちなみに彫刻家たちに召集に応じた早さの理由を尋ねてみると、そろそろ連絡が入るかと思って連日魔王城に詰めていた、というのである。
俺ならなんてよくできた配下だと褒めるたたえるところだが、サーリスヴォルフは当然だというように頷いただけだ。
この大祭が終わったら、俺も臣下とのつきあいについて色々考え直してみるべきかもしれない。
だがとにかく今は、石の巨大投票箱を造ることに集中しよう。
広大な前地は、竜を陸地に降ろして知人と歓談している者、輪を作って座り込んでいる集団、踊りを披露する一団、魔王城へ向かおうとしている者、城門から出てきた者、種々様々な者でごった返している。
だが箱の四隅となるべき位置にはあらかじめ目印となるよう、一m四方の青い石柱を建ててあるから、どこに設置すべきか迷う必要はない。
その石柱は、昼間はただの青い石だが、夜が更けるにつれほんのりと発光する夜光石だ。ちなみに、今のところは待ち合わせ場所の目印としても利用されているらしい。
夜にはその幻想的な姿から、柱の周りは恋人たちのデートスポットになっているらしい。そう聞いてからこの日を迎えるまで、俺がこの石柱には近づかないと固く決意し、それを守っているのは言うまでもない。
とにかく、まずはその内側から一人残らず退去させなければならない。
「用地の確保をしないとな。往来を制限するのを、近衛兵にも手伝ってもらうか」
「まさか君、柱の内側にいる者たち一人一人に、移動しろと言って回るつもりじゃないだろうね」
サーリスヴォルフは呆れ顔だ。
「そんな労力をさく必要はないよ。我らは大公だ。ただ退けと命令すればいいだけの話さ」
そんな乱暴な。
「あ、君いま、私の意見を乱暴だと思ったろ」
サーリスヴォルフは本当に鋭い。
いや、まさか……俺が分かりやすかったりするのか?
「いいかい、ジャーイル。我らは大公なんだよ。あくせく働く必要などない。だが、かといってその権威は大人しく座っているだけで認められるものでもない。時には尊大な態度を示して立場を明らかにしてみせるのも、言ってみれば高位魔族の義務みたいなもんさ。それでいらぬ反逆心が押さえられることもあるのだからね」
「そんなものかな……」
まあ、そういわれれば大公なんてそんなものなのかもな。偉そうに命令するだけで、全員が従う。それだけの地位であるわけだ。
なにせ、魔族の中でもたった七人しかいないわけだし。
「そんなわけで、君、試しにみんなを退かしてごらん。ついでにそのまま、投票箱も造ってくれればいいよ」
……まあ、仕方ないか。後の処理はサーリスヴォルフに任せるわけだしな。
どうせ俺たちが門から出た段階で、目の前には空白地ができている。大公が歩く前方を遮らないよう、魔族たちは道を譲るのだ。
そして高位魔族の動向は、常に注目の的となっている。
となると、大した混乱もなく命令は行き届くのかもしれない。
俺は大きく息を吸った。
「今よりこの地に美男美女コンテストの投票のための石箱を出現させる。青い四柱の内側にいる者は、ただちに退去せよ」
サーリスヴォルフの言うとおりだ。少し声を張るだけで、魔族たちは俊敏に俺の命に従おうとする。みんな随分協力的だ。
というか、コンテストと聞いてテンションがあがったのだろう。あちこちで拍手や歓声が起こった。
投票箱を造るだけでもこれだ。
ホントに魔族ってのはどれだけ……。(以下略)
四柱の中に残るのは、あっという間に俺とサーリスヴォルフと彫刻家たちだけとなった。
近衛兵たちは、それぞれ四柱の外側を守るように待機している。
正直にいうと、地面から空に向かって突き上げる形で石箱を出現させるだけだから、その場に何人いても影響などない。ただ地面が盛り上がるのと一緒に、範囲内にいる者たちも上昇するだけのことだ。
だが一応、投票開始日までは投票箱に触れていいのは、彫刻家のみと決まっている。それは俺とサーリスヴォルフでさえ例外ではない。ここから降りた後は投票開始の宣言をするために再び登るその日まで、決して段上に足を踏み入れることも、壁面に手を触れることさえ許されないのだ。
結界までは張らないが、それでも正直、そこまで制限する意味はよくわからない。
ちなみに、投票に関しても身分にかかわらず公平で、たとえ魔王様であっても投票口にたどりつくまでは列に並ばねばならない決まりになっている。
とはいえあくまで決まりだけだから、たぶん魔王様が投票しにきたらみんな場所を譲ることだろう。
ちなみに投票日以降は公正投票管理委員会なるものが開始日当日に組織され、その委員たちが連日、投票口を見張ることになっている。締め切って後は開票作業に携わることになる、面倒くさい役だ。その人員をあらかじめ決めておかないのも、不正をする隙を与えないようにとの配慮かららしい。
ホントに、なんでそこまで……まあいいけど。
「よし、じゃあいくぞ」
石を出現させるくらいの単純な術式なら、マーミルだって頑張れば展開出来るだろう。ただ、投票箱ほどの大きさのものをとなると、そこそこの魔力が必要だ。
そんなわけで俺は、石柱いっぱいに三層四枚六十五式を展開し、頑丈な石の箱を出現させた。
色は黒で、これは魔王様の希望だ。もっとも、どうせ全面に彫刻されたうえ彩色が施されるので、背景くらいにしかその色は残らないだろうけど。
最初に建てた目印の青い石柱はそのまま上昇して、今も箱の四隅にそびえ立っている。
だがさすがに、デートスポットの役目は今日で終わりだ!
今は二十m四方の盤面の上にあるのは、俺とサーリスヴォルフ、それから十人の彫刻家の他には、その青い四柱と真ん中にぽっこり盛り上がった投票口を表す石柱だけとなっていた。
だが地上から見ればただの黒い四角い塊が出現しただけで、なんの面白味もないに違いない。
だというのに、石柱を囲む四方からはさらなる歓声があがっている。
「随分と丈夫なものを造ったようだね」
確かにそのつもりだし、補強のない今でも多少の魔術では崩れもしないだろう。だからってそんな力一杯、ガンガン踏みつけるのはやめてくれ、サーリスヴォルフ。
ちなみに俺が造ったただの四角い箱へ、最終日に取りつけられる階段を作成するのは石工たちの役目だ。今はこの場にいないが、作業にはもう取り掛かっていることだろう。
「仕上がりが楽しみだねぇ」
「そうかな……いや、そうだな」
俺が否定しかけたのには事情がある。なぜって、その<麗しい我が魔族を讃える文字と絵>には、現役の七大大公の偉業が含まれるからだ。資料を確認したところでは俺の<偉業>を表す場所には、ネズミ大公と奴の配下を倒したその時のことが、彫られるらしい。
あれは俺にとっては黒歴史みたいなものだ。それを大々的に発表されるなんて、ものすごく恥ずかしい。
だからその場面はやめてくれと頼んでみた。そうしたら他には、デーモン族一の美女であるウィストベルを袖にする場面しかないが、それでもいいかと確認されて慌てて前案を了承したのである。
戦って相手に勝つか、異性にモテるかのどちらかじゃないと、<偉業>としては認められないらしい。いくら真面目に謁見を行って領地を治めていても、そんなことにはなんの価値も認められないのだ。
なんだろうな、この胸に去来する虚無感は。
ちなみに、プートの<偉業>は他の大公を打ち負かして大公位一位になった場面で、ベイルフォウスは女性を山ほどはべらせている様子らしい。アリネーゼは全魔族一番の美女に選ばれたその瞬間で、ウィストベルもデーモン族一の美女に選ばれたその時だそうだ。サーリスヴォルフも男女の恋人をはべらせている場面で、俺と同じく大公になってからの歴史が浅いデイセントローズは、やはりマストヴォーゼを打ち負かしたその瞬間のことが彫られるということだった。
スメルスフォやマストヴォーゼと彼女の娘たちが、その彫刻に傷つかねばよいのだが。もっとも、娘たちは誰一人として成人はしていないのだから、わざわざこの投票箱に近づく必要もないわけだが。
「後は任せていいかな、サーリスヴォルフ」
「ああ。終わったら報告にこいと、陛下に呼ばれていたんだったね。かまわないよ」
そうなのだ。
魔王様に、今から投票箱を造りたいのですがいいですか、と許可をもらいにいったところ、それはすんなり許してもらえたのだが、終わったらすぐに報告に来るようにと申しつけられていたのだ。それも、俺一人をご指名で、場所は執務室を指定して、だ。
さすがにそれで、単なる報告だけを求められているとは思わない。だって、箱が出来ました、で終わることだもんな。
どう考えても、何か別の目的があるのだろう。
……あれだろうか。例の催淫剤が子供に及ぼす影響の件。
とっくにベイルフォウスから報告が入っているだろう。
あれからマーミルは丸二日間、眠り続けて目覚めなかった。その間、どれだけ心配したかしれない。
だが幸いなことに、目覚めた妹の記憶が曖昧だった他には、身体的にも精神的にも異常は見られなかった。それに記憶に関しても、酩酊状態というのは一般的にその間のことを忘れがちだというサンドリミンの言葉もあって、とにもかくにも俺は一安心したのだ。
それに関する報告書も見解書も作成してはいないが、問われれば一応の報告はできる。
それとも、新魔王城の施工日程についての最終確認だろうか。
城は内装があと少し残っているだけの状態だ。本棟なんかは、あとは家具や荷物を運び入れるだけの段階まで完了している。もっとも、それは引っ越し作業に入るので、魔王様の最終視察を経て全魔族に公開された後のことになるだろう。
その視察の日程を、どうにかこうにか都合出来たのだろうか。コンテストまでに終わらせたいと死にものぐるいで頑張ったみんなを、一刻も早く解放してやりたいのだが。
そんなことを考えながら、魔王様の執務室へ赴いたところ。
「そなた最近、ウィストベルを見たか」
予想は大きくはずれた。
まさか催淫剤のことでもなく、新魔王城の施工具合でもなく、大祭のことですらないだなんて。
しかし、ウィストベルか。
具体的には……そう、あのマーミルの事件があったあの日……ウィストベルの魔力が邪鏡ボダスで百分の一になっていたあの日から、会っていない。
もちろん、俺の方から避けているのではない。
むしろあれ以来、俺はウィストベルがまた魔力を減少させてそこら辺をウロウロしているのではないかと心配して、気がつけば彼女を探しているような状態だ。
いや……あの続きを期待してるわけじゃない。断じて違う。下心があるとか、そういうことはなくて……。
とにかく、やはり見かけないと思ったのは、俺のタイミングが悪かっただけではないようだ。
「で、どうなのだ。見たのか、見ていないのか」
やばい。魔王様は何か感じたのではないだろうな。いや、下心なんてないけれど!
「十日前に魔王城でお会いしましたが、それ以降はお見かけしていませんね」
「私がウィストベルを見かけたのは十二日前のことだ。それ以来、会ってすらいない」
えっ。
ウィストベル、まさかあの日は魔王様に会わずに帰ったのか?
嘘だと言ってくれ。
「いや……俺も、十日ほど前……っていうくらいで……あ、もしかしてあれは十二日前だったかな……」
「ごまかさずともよい。そなたとウィストベルが十日前に、この魔王城でダンスを楽しんでいたことは、もちろん予の耳にも入っておる」
ちょ……人が悪すぎるだろ、魔王様!
「そこで、だ」
なに!? もしかして、お詫びに頭を差し出せ、とか言う訳じゃないよな?
俺はじりりと後じさった。
こと、ウィストベルに関しては、魔王様の怒りはシャレにならない。最近は優しくなってきていたというのに、久々に頭蓋骨の粉砕を覚悟しなければいけないだろうか。
「そなた、<暁に血塗られた地獄城>へ様子を見に行って参れ」
「……は?」
今、魔王様はなんて言った?
<暁に血塗られた地獄城>へウィストベルの様子を見に行けと言ったように聞こえたのだが?
いや、まさか。
ウィストベルに関しては嫉妬深いことこの上ない魔王様が、俺にそんなことを言うわけがない。よりによって、この俺に。
「なにを惚けておる。ウィストベルの様子を見に、<暁に血塗られた地獄城>へ赴くのだ。こんな気の悪い命令を、二度も言わせるな」
眉を顰めて舌打ちする様子は、弟とそっくりだ。
「よろしいのですか?」
「よろしくはない。が、予がこの城を出てウィストベルの饗応を受けることができる日は、まだまだ先だ。つい先日、ようやくプートの城を訪れたばかりだからな。だがウィストベルの城へ訪れるまでに、彼女に何かあっては大祭どころの騒ぎではなくなる。故に、そなたが無事を確認してくるのだ」
「無事を、ですか?」
何かあってはって、あのウィストベルに何があるっていうんだ。彼女は紛れもなく魔族一の魔力を誇る強者であり、俺たち七大大公が束になっても敵わない、真の魔王なのだ。
そう、あの邪鏡ボダスを使った状態でなければ……。
待てよ。
まさか、あの後何か……例えばウィストベルに懸想する公爵なりが徒党を組んで、彼女を拉致監禁して、あんなことやこんなことを……。
いや、それならその不在が噂にならないはずはない。だが、ウィストベルの噂話なんて、今日まで耳にしたこともない。となると……。
「本来ならこんな話はしたくなかったが、止むを得ん」
俺がよほど腑に落ちないという顔をしていたからだろう。魔王様は重々しい調子で口を開いた。
「ウィストベルには大祭を厭う理由があってな」
大祭を厭う理由……。
まさか、本来なら自分が魔王として祝われるはずなのにルデルフォウスはずるい、とかいう子供っぽい発想からじゃ……ないな。魔王様が魔王位に就いて今日の日を迎えられたのは、他ならぬウィストベルの意志に従ってのことなのだから。
「詳細を予の口からは伝えるわけにはいかぬ。ウィストベルにしても誰彼と知られていいことではなかろうからな。故にそなたは予の名代として……とはいえ、周囲には何か別の用事があったように見せかけて、そうとは知られぬように、ウィストベルを見舞ってくるのだ」
見舞う?
「場合によっては、新しく築いている魔王城のことを話しても、現地へ案内しても、かまわん。それでウィストベルの心が安まるとお前が判断したのであれば」
えっ!
新魔王城の件は、ウィストベルに知られたくない、その一心で他のすべてにも秘することになったはずだ。
なのにそれを明かしてもいいって……。
それほどのことなのか?
「どうなのだ。行くのか、行かないのか」
やばい。魔王様がイライラしている。
「もちろん、行きます。行かせていただきます! もうぜひ喜んで!」
「喜んで、だと!?」
えっ!
そこに反応するの!?
「貴様まさか、この時とばかりにウィストベルの弱みにつけこんで、彼女をその毒牙にかけようと……!」
「まさかそんなわけな」
釈明は一言も聞いてもらえず、俺の頭は久しぶりに魔王様の理不尽な怒りを受けることになったのだった。
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