古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第七章 魔王大祭 中編】

84.ウィストベルの不調



「我が主は、ただいまお休みになられておいでです。わざわざお越しいただいたというのに、申し訳ございませんが」
 俺はいま、<暁に血塗られた地獄城>でウィストベル配下の副司令官と、応接室で顔を合わせている。光栄なことに、四人全員そろっての歓待だ。
 ああ、そりゃあもう盛大な歓迎を受けているとも。昨日魔王様に殴られてズルムケかけた頭皮が、ぴりぴりするほどの嫉妬心たっぷりな視線を浴びているのだからな!

 ウィストベルのデヴィル嫌いを反映してのことか、副司令官たちは四人共にデーモン族だ。その全員が男性で、漏れなく彼女に私的な好意を抱いているのがありありとわかるのだから、たまらない。
 ここがウィストベルとベイルフォウスの大きく違うところだ。あの女たらしのところの副司令官や軍団長は男女半々くらいだが、いかにも実力で選びましたといわんばかりの顔ぶれで、そこにはお互いの私的な感情は一切見受けられない。
 もちろんウィストベルも実力で選んだのかもしれない。それが四人ともたまたま男性だったおかげで、結果的に好意を向けられてしまっている、というだけの可能性だってある。なにせウィストベルは絶世の美女なのだから。

「先触れもなくやってきたのはこちらだ。お目覚めまで大人しく待っているさ」
 俺の言葉に対して、黒髪の副司令官が四人を代表するように口を開いた。
「口幅ったいことを申しますが、仰るとおり先触れをいただけておりましたら、我らとしてももう少し心を尽くしたもてなしをご用意できたのですが」
 嘘つけこの黒髪。嫌味言いたかっただけだろ。
 ちなみに四人の内訳は、黒髪、茶髪、紫髪、ハゲ、だ。
「いいや、これ以上の歓待は必要ない。我が城の副司令官たちなぞ、大公がやってきても対応できるのはせいぜいただの一人。他はそもそも、大公城に呼び寄せることすらできん。それほど忙しいはずの副司令官を四人勢ぞろいさせているというのに、これ以上のもてなしなどあり得ようか」
 嫌味には嫌味だ。

「少々大祭の運営に支障が出たところで、止むを得ません。主の名を貶めぬためには大祭の運営をおいてでも、大公閣下をご歓待あそばすのが臣下としてのあるべき正道。それも弁えぬようでは、主に対する忠誠を疑われるというものです」
 なんだと紫め。
 俺の副司令官をも貶めるような発言には、温厚な俺もさすがにイラッとしてきたぞ。

「大祭をおろそかにして魔王陛下の御不興を買うのが忠誠心とはおそれいる」
「さすがにそこまで愚鈍なものは、一人としておりません」
 ニヤニヤ笑うな、ハゲめ。
 ああ言えばこう言う!
 だいたいなんだ。一人が口を開くたびに、他の三人で頷きやがって。お前等は仲良しこよしか!
 なんなんだよ、ウィストベルの配下たちは。
 これ以上こんな不愉快な面子と対面していては、さすがに俺の我慢も限界を迎えることだろう。

「とにかく、ウィストベルが目覚めて俺の手紙を読むまでは、このまま待たせてもらう。それがたとえ明日になろうとも構わん」
「先ほどから何度も申しあげておりますが」
 わざとらしいため息を差し込むな、茶髪め。余計イラつくだろう。
「主はこの数日体調を崩しておられ、誰の面会も謝絶しております。魔王陛下以外に例外はございません。お預かりした書簡は、間違いなく我が主の元へお届けいたしましたので、ジャーイル大公閣下におかれましては、このままお引き取り願いたく……」
 くそ。魔王様の命令で、俺はここにきてるんだぞ、と言ってやりたい!
 だができない……こっそり見舞ってこいと言われたからには、真実を明かすことなどできないのだ。こんな奴らには余計にな!

 そう。魔王様が心配していた通り、ウィストベルは体調を崩しているのだという。
 もっともそう本人の口から聞いたわけでもないし、ここに通されるまではそんな噂話も聞こえてこなかった。要はこいつらがそう主張しているだけなのだが、かといって全くの嘘だとも思えない。
 なぜって、いつものウィストベルならば、副司令官がここまで勝手をするのを許すとも思えないからだ。だから俺としては、医療員の診察を受けるまでではないにしても、なにかしらウィストベルに不調の原因があって、部屋にこもっているのだろう、という結論に達したのだった。

 そこで俺は“恩賞会の運営について相談したいことがあるので、直接お会いしたい。お加減が悪いのなら出直すので、日にちを指定して欲しい。お返事があるまで待っているから”という旨を紙に書いて、副司令官に手渡した。
 彼らのうちの一人がそれを侍女に渡すところは見たが、言付けの内容は聞こえてこなかった。侍女に破り捨てろと命令していたとしても、俺は驚かない。

「お前たちは帰れと言うが、それは誰の判断だ。俺が来たことをウィストベルに伝えた上で、彼女からの命令があったというのなら、そう言え。だがもしも、お前たちが勝手な判断で大公を追い返そうとしているのならば、覚悟してもらうがいいか」
 温厚な俺の我慢もそろそろ限界だ。穏便に対応している間に、態度を改めればよかったものを。
「我らはそのような……」
 俺の殺気に気付いたのか、尊大だった副司令官たちの態度にもとまどいが混じり出す。

「では俺がさっき渡した手紙に対する返答がウィストベルからあったのか? なんと言っていた? それを聞いたなら帰ろう」
 四人は困ったように顔を見合わせている。
 それはそうだろう。侍女に手紙を渡して以降、この部屋には俺と副司令官たち以外には誰も入ってきてはいないのだから。

 やっちゃっていいかな。
 ウィストベルには後で謝ればいいよな。
 やっちゃってもいいよな。
 処罰理由は大公に対する反逆罪、でいいかな。
 よし、やろう。

 そう思ったその瞬間。

「ジャーイルが来ておるとの報告が、我に参らぬのはいかなる理由でか」

 扉が開くと同時に、辺りを凍えさせる女王様のお言葉が、その部屋に響いたのである。

 ***

 やばい。怖い。
 いつも以上に怖く感じる。
 なぜだ?
 この間、百分の一の魔力になったウィストベルを体験した反動か?
 いや、違うと思う。
 今日のウィストベルは何というか本当に……いつもは少しくらい笑顔を見せてくれるのに、今日は嘲笑すら口の端にのせてくれないからだ。

 それともあれか。あれが怖かったのか。
 彼女が副司令官たちを追い払った時の、最後の一言。
「誰が我が怒りを受けるのか、話し合って決めておくがよい」
 俺が言われた当人だったとしたら、もう絶対命はないものと覚悟しただろう。
 つまり今日のウィストベルは、かつてないほど不機嫌で、故にかつてないほど恐ろしいのだった。

「ジャーイル」
「はい!」
 いつもよりわずかに低い声に、思わず背筋が伸びる俺。
「我が配下の無礼は詫びよう。すまなかった。大公を相手に、あのような態度にでるとは許し難い。大祭中ゆえ、とりあえずの処罰は一人に対してのみに限ることを、許してくれるか?」
 その一人は何をされるんだろう。とりあえず、命がないのは確定かな。
「許すもなにも……確かに俺は、手紙には恩賞会について打ち合わせをしたい、と書きましたが」
「手紙? なんのことじゃ」
 ウィストベルは長いすに横たわるようにして座り、肘掛けに上半身を預けるようにしてもたれ掛かっていたのだが、俺の言葉でゆるりと身を起こす。
 その緩慢な動作も、もうなんか怖い。

「あの副司令官たちがあんまり帰れ、としか言わないので、恩賞会のことで打ち合わせしたいことがあるから、今日お会いするのが無理であれば、再訪するので日にちを指定して欲しい、と紙に書いて、届けてくれるよう頼んだんです」
 言い切った!
 俺、どもらずに長い台詞を言いきったよ!
「届いておらぬ」
 やばい。達成感に浸っている場合ではない。
 ウィストベルの雰囲気が、ますます怖いものになってしまったではないか。

「我が許しもなく主を追い返そうとしたばかりか、手紙まで隠蔽しようとしたか」
 ウィストベルに宛てた手紙がなくなるのは、これで二回目だ。
 一度目は俺が弱体化している時に、ウィストベルに魔道具の知識を問う手紙を送った時。あのときも手紙は届いておらず、ウィストベルは直接会うまで俺の状態を知らなかった。
 だがまさか同じ奴の仕業でもないだろう。
 あのときのことは一応、解決している。俺の方はきっちりと伝令が<暁に血塗られた地獄城>へ届けていたことを確認できたし、ウィストベルの方も犯人が分かったので厳罰に処した、ということだったはずだ。

「情けないことじゃ。処罰の前例がある中で、それほどにこの私が軽んじられようとはの……八つ裂き程度では、ぬるかったとみえる」
 ウィストベルの表情に、この時初めて笑みが浮かんだ。だがそれは、見る者を凍り付かせるような笑みだ。
「のう、ジャーイルよ」
「はい!」
 寒暖など気にならない魔族の俺でさえ、この部屋にいると寒気を感じてしまう。この間、人間の町を覆ったベイルフォウスの氷結魔術でさえ、今のウィストベルに比べたら子供魔族の雪遊びのようなものではないか。
 またも長い足がスリットからはみ出している?
 そんなこと気にしている余裕もないんだからね!

「大祭が終了して後には残りの三人も、この世からその存在を抹消してみせると約束しよう。主が望むなら、一族郎党とて容赦はせぬが、どうじゃ?」
「や……いや、ウィストベル!」
 確かに俺も、こいつらやっちゃっていいかなとか思ったし、実際にウィストベルが入ってこなければそうしたかもしれない。けれど、女王様の怒気にあてられて冷静になった今となっては、あいつらに対する同情心すら沸き起こっている。

「さすがに……ただの公爵とかなら、それでもいいと思うんですが……ほら、なんといっても四人は副司令官でしょう? そんな重要な地位にある者を、全員殺すというのは……。俺なら、ウィストベルが代わりに怒ってくれたので、もうそれで気が済んだというか……。せいぜい罷免くらいが妥当かな、と思うんですが」
「相変わらず、甘いことをいうの。そんなことだから他領の副司令官ごときに舐められるのではないのか? あんな対応をされたのがベイルフォウスであったなら、今頃この応接は血の海であったろう」

 ベイルフォウスなら先日、俺と一緒にうちの医療班長に正座させられてました!
 そう言ってやりたいが、言えない。
 ホントやばいくらい怖い。
 ヒュンヒュンしすぎて内股になりそうなくらい怖い。
 どうしよう、俺。

「副司令官など、大した地位ではない。代わりはいくらでもおるというのに。それともジャーイル。主にとってはそうではないと申すか?」
「それは……もちろん、副司令官はとても大事な存在ですから」
 特に二名!
 優秀な二名は何者にも代え難い!

「たとえその者が、他の大公……私に無礼を働いたと知っても、罰せぬほどにか?」
「うちの副司令官に、そのような不届き者はおりません」
 正直なところ、半分は大丈夫だろうが、半分には疑問が残る。が、ここは言い切っておかないとだめだ。

「そもそもジャーイル。主の副司令官どもは、先の大公……あの卑しいネズミめが選んだのであろう。そんな者どもを、よく信頼できるものじゃ」
 デヴィル族嫌いのウィストベルにとって、あのネズミ大公は嫌悪の対象だったのだろう。当時を見ていなくとも、今のウィストベルを目にしただけでそう断言できる。それほどの憎悪を感じることができた。
「確かに、ヴォーグリムは最低の大公でしたが、だからといって、彼の配下すべてが同じように下劣とは限りません。そもそも俺だって広義には奴の配下だったわけですし」
 ウィストベルはぴくりと頬をひきつらせた。

 もう嫌だ。こんな不毛な会話、一刻も早く打ち切りたい。なのになんで俺はいちいち、ウィストベル相手に詭弁を弄してるんだ!
 だいたい今の話の流れだと、わざわざ自分で副司令官を選んだはずなのに、貴女見る目ないですね、と言ってるのと同義と思われても仕方ないぞ!
 そんな誤解されたら、もう生きては帰れないぞ、俺!

「そんなことより、ウィストベル」
 俺はこの上なく優しい声音を出すよう努めてみる。少しはウィストベルの雰囲気にも影響しないだろうか、と考えて。
「あの副司令官たちは貴女のお加減が悪いと言っていました。冗談ならよかったんですが、今の貴女をみる限りそうとも思えません。もし辛いなら、休んでいてください。実際、顔色も悪いじゃないですか」
「……確かに、よくはない。だが加減が悪いといっても、体調が悪いわけではない。どちらかといえば、気分が悪いのじゃ」
 ……だよな。
 どちらかといえば、機嫌が悪いんだよな。
 もう空気がピリピリしてるもんね。

「さっきもいいかけましたが、俺がここにやってきた本当の目的は、恩賞会の打ち合わせなんかじゃないんです」
「では……いったい何をしにきたというのじゃ?」
「魔王様が……」
「ルデルフォウスが?」
「ウィストベルが体調を崩しているかもしれないから、自分の代わりに見舞ってこいと……」
「ルデルフォウスが、主を寄越したじゃと? 私を気遣って、ベイルフォウスでなく、主を?」
「はい」
 新魔王城のことがなければベイルフォウスでもよかったんだろうが、魔王様は弟にも築城の件は内緒にしてるからなぁ。

「そうか……ルデルフォウスが、主をか……」
 あら、どうしたことでしょう!
 これは魔王様効果なのだろうか?
 さっきまでの冷たい態度と声音はどこへやら、ウィストベルは春の兆しのような暖かい笑みを浮かべたではないか!

「つまり、ジャーイル。主はルデルフォウスから我に捧げられた、見舞いの品というわけじゃな?」
 はい?
 あれ?
 あれれ?
 ウィストベルがいつも通りだ!
 いつも通りだよ!?

 ものすごい悦に入ったような笑みを浮かべて、俺のほうへやってこようとするよ?
 さっきまではあんなに動きも緩慢だったのに、今はまるでその背に羽根が生えているかのように軽やかだよ?
 目が怖いよ? 獲物を見つけた猛獣のそれだよ。

「いや、そういうアレじゃなくて……魔王様は、まさかそんなつもりで俺を寄越した訳では……!」
「では、どういうつもりなのじゃ?」
 ゆっくりと歩を進めてくるウィストベルを前に俺は椅子から立ち上がり、彼女が進むだけ後退してみせる。
「それはつまり、その……」
「ルデルフォウスはこう申しておらぬだか? ウィストベルに望まれたら、その身を捧げよと」
「一言も!」
 俺は激しく顔を左右に振りつつ、大声で叫びをあげた。

 どこの残虐な魔族と生け贄の生娘の話ですか、それは!

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