古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第八章 魔王大祭 後編】

109.僕は言いましたね? 魔王様ってホント、行き当たりばったりだって!



 魔王様を我が城に迎えるその日の朝のことだった。
 久しぶりにマーミルやスメルスフォと彼女の娘たちと落ち着いて朝食をとっていた俺のもとへ、家令から驚く報がもたらされたのは。
「……もう一度…………。聞き違いをしたかもしれない。もう一度言ってくれ、エンディオン」
 家令は謹厳そのものの表情を浮かべながら、再度こう言った。
「先ほど、魔王ルデルフォウス陛下の騎竜が、領内にお入りになられたそうです」

 ……。
 …………。
 ………………。

 だから魔王様は行き当たりばったっりだっていったんだ!
 いいか?
 俺は、こう聞かされていた。

 サーリスヴォルフの城に午後から二泊して、三日目の朝食を〈魔犬群れなす城〉でとり出発。領地の配置の関係上、一端魔王城に帰城して昼食をすませ、デイセントローズ領には晩餐前に到着。同様に二泊。
 デイセントローズ領と俺の領地は隣同士だから、三日目は〈死して甦りし城〉で昼餐まで御馳走になり、俺の城に到着するのは夕日が地平線に落ちる頃になるだろう、と。

 今は何時だ?
 あれは夕日か?
 いや、違う! 朝日だ!!
 夕日と見紛う登りたてではないものの、それでもまだ天の中腹にたどり着くには十分なに余裕のある時間帯だ!
 なのに、領内に入った?
 領内に魔王様の竜が姿を見せた、だって?

「聞いての通りだ。申し訳ないが、中座する」
「お兄さま。私たちにも何かお手伝いできることが?」
「いや、大丈夫だ。お前たちはこのまま食事を続けていなさい」
 俺は妹たちに断って、席を立った。

 それからは大変だった。
 領内に入ったということは、妹たちは食事をする時間はあるだろうが、俺には全くないということだ。

 執務室にエンディオンとセルク、フェオレスに集合してもらい、大ざっぱに打ち合わせをする。
 ちなみに、朝食をとるような時間なのにフェオレスが既に城内いたことで、俺は下種な想像をしてしまったのだが、それは内緒にしておきたい。

 とにかく全方位に指示を出しつつ細部の点検をし、なんとか魔王様の到着前に対応をし終えた。
 今は城内のあちこちで夜通し行われている舞踏会や催しを中断し、使用人・来訪者の区別なく前庭に集合させている。

 他の者ならこの大祭中は竜舎に直接竜を降下させるのだが、なにせ相手は魔王様である。
 魔王様の在位を祝う大祭で、しかも我が城に歓待する目的でこられるのに、不便を強いるはずがない。
 俺がマーミルと並んで立つ玄関前から城門まで続く直線は、魔王様の巨大な竜が降下できる幅が確保してあった。
 だがその他は、大地の色も見えないほどの魔族で埋まっている。

 そうして万全で魔王様を待ち受けていると、ぐんぐんと西の空から近づいてくる黒い影。
 もちろん魔王様の騎竜である。
 ちなみに、単身でのご来城だ。重臣によるお付きの随員などは、一人もいない。
 なぜならば魔王というのは紛れもなく並ぶ者のない絶対的強者――本来ならば――であり、強者は自らの誇りにかけて、他者の力になぞ頼ることはしないからだ。
 そうとも、本来魔族というのは強ければ強いほど、単身での行動を好むものなのだ。何度も言ってるけどね。

「お兄さま! あれがそう? 魔王様の黒竜よね!?」
 隣に立つ妹の声は、おかしいほど上擦っている。
「魔王様がこの城にやって来られるのは初めてという訳でもないんだから、そんなに身構えなくたって」
「前はだって、少しいらしただけですもの。その時にだって、デイセントローズ大公のお披露目式でだって、私はご挨拶だけでお話はしていないし。でも今度は三晩もうちで過ごされるのよ! 緊張しない方がどうかしてるわ! けほっ!」
 緊張しすぎて、喉がカラカラらしい。それでいて、実際に本人を目の前にすると平気で失礼なことでも口にするのだから、神経が細いのだかず太いのだか、わかりはしない。

 しかし呆れた風に言ってみたものの、妹の主張はもっともだと思う。俺だってマーミルくらいの年の頃に、魔王様が父の住む城に泊まりがけでやってくると知れば、我を失ったに違いない。
 本当なら妹は、俺の横でぴょんぴょんしたいのだろう。だが、さすがにぐっとこらえているようだ。
 ただ時々、肩は弾んでいる。以前なら実際に跳ね出しただろうから、外聞を少しは気にするようになっただけ、大人に近づいたということなのかもしれない。

「お前なら大丈夫だ。いつものように振る舞えばいい」
 正直なところ、妹の振る舞いに対してはまだ不安を抱いているが、たまの機会に自信を与えてやるのも兄としての務めだろう。ワタワタしたままよりは、どっしり落ち着けた方が、せめて失敗は減るはずだ。
「お兄さま」
 だが俺の本心なぞ知らない妹は、信頼の言葉を真に受けてキラキラと瞳を輝かせている。可愛らしいものである。

 やがて魔王様の騎竜が城門上にさしかかるや、歓迎の喇叭が、銅鑼が吹き鳴らされ、続いて雄々しい音楽が奏でられる。
 そうして前庭一杯に集まった魔族たちのあげる歓声のまっただ中に、魔王様の竜が着陸――――したところを、俺は見逃した。
 なぜならば。

「おい、なんだあれは!」
 降下中の竜の背から空中に身を踊らせ、すぐ近くに降り立った魔王様が、俺の胸ぐらを掴んで視界を塞いだからだ。
「……は?」
「だから、あれは何だと聞いている!」

 あれってなんだ?
 いいや、何でもいい!
 なぜ、こんなにも真摯に対応しているというのに、責められなければならないのだろう!
 いきなり訳もわからない理由で。

「魔王様、ちょっと落ち着いてください。みんな急な変更でも、こうして快く待ってくれてるっていうのに。一体どうしたんですか? 何か不手際がありましたか? ここに来るまでに、誰か魔王様に挑戦でもしました? そうでないなら、理由から説明してくださらないと」
 訳のわからない言動の魔王様に比べて、俺の態度のなんと冷静なこと、対応の適切なことか!
 エンディオンが小さく頷いたのが、悠然とした態度の正当性を認めてくれている証拠だった。
 ただ……その後に小さなため息をつかれたのが気になる。言葉遣いが不合格だった、とかだろうか。

「だいいち、礼式を重んじる魔王様らしくないですよ。まずはちゃんと挨拶しまよう。ね?」
 俺の冷静さは魔王様にも伝播したようだ。
 一つ、舌打ちをすると、黒い瞳はそれで満足したように平静さを取り戻した。そうして前庭に向き直り、苛立った態度など一瞬たりとも表に出さなかったと言わんばかりの何食わぬ表情と声で、こう言い放ったのだ。

「出迎え、大儀である。また、今回の滞在において、大公ジャーイルとその配下の厚意に信頼を寄せておる。余の存在のためにそなたたちの喜びが過剰に奪われず、いっそうの愉悦に満たされるよう――」
 魔王様は歓声に応じるように手をあげると、再び俺に向き直る。

「ようこそお出でくださいました、魔王ルデルフォウス陛下。陛下の玉体を再びこの城にお迎えできる幸いを、一同噛みしめております」
 俺は胸に手を当てて軽く一礼した。ちなみに、こういうときは敬礼でもいい――というよりは、その方がより形式ばっていると言えるが、俺はしない。断じて、な。
「うむ。招待に応じて参った」
 実際には行事としての決まり事でやってきてるから、招待状の一枚も出してませんけどね!

「皆も知っての通り、本日より魔王陛下は我が城にご滞在あそばされる。わずか四日の間だが、常々我らがどれほど陛下に敬愛の念を抱いているか、この機会に全身全霊をもって示そうではないか」
 打ち合わせもしていないのに、俺の誘い文句に応じて手を挙げてくれる観衆たち。
 ほんと、こいつらノリのいい奴らだよな。

 だがここで一旦、魔王様は彼らの前からは退場だ。
 歓声に手を振って応えつつ、俺たちは屋内に入っていった。
 そうしてごく近しい者だけになったところで、「あの、魔王様っ! 本日はお日柄もよく!」
と妹がガチガチの挨拶を披露し、魔王様の笑みを誘う。
「ベイルフォウスに対するほど砕けよ、とは申さぬが、それほど予に畏まる必要はない、マーミル姫」
「!」

 妹は、何か返事をしたかったのだろうが、言葉が出てこないらしい。顔中を真っ赤にして魚のように口をぱくぱくやりだした。
 それを助けるように、かつての大公妃として面識を持っていたスメルスフォが魔王様に挨拶をし、なごやかな雰囲気で会話を紡ぎ出す。そうして実に見事な流れで、彼女は妹ともども娘たちをつれてその場を辞していった。
 こういうタイミングの計り方は、さすがに元大公妃というべきか。

「ところで、この時間です。もしも食事がまだであれば、ご一緒にいかがです?」
 正直、俺は腹が減っていた。急な対応でバタバタして、朝食を食い損ねたからな!
 多分魔王様もまだのはずだ。デイセントローズの城とこの城の距離を考えると、夜明け前にあちらを出立してきたのだろうから。

「……今朝は朝食も喉を通らぬと思っていたが、脅威の去った今は、ありがたく饗応を受けよう」
 脅威? 魔王様に脅威?
 食事が喉が通らないほどの?

「それはどういう」
 尋ねかけて、ハッとした。
 今朝まで魔王様がどこにいたのか、それを改めて思い返してみれば、その脅威についても理解できる気がしたからだ。
 そう、それは――

「怖かったんですね」
 おそらく俺と同じ思いを味わったに違いない。
 大祭初日に味わった、あの恐怖を――
「こわ……馬鹿者、魔王たる者が他者に恐怖を抱くなどと、そんなことがあるか!」
 いやいや。さっき脅威って言ったじゃん。はっきり言ってたよね?
「…………ただ…………」
 急に声の調子が下がった。
「気持ち悪かっただけだ」
「……わかります」

 今この瞬間、俺たちの思い浮かべる相手はきっと同じだ。
 そう、デイセントローズの母――ペリーシャ。
 なるほどな。なんだってこんな急に予定を早めて慌ててやって来たのかと思っていたが、今理解した。そうして同情もしたのだ。
 あのペリーシャと同じ屋根の下で二日も過ごし、えも知れぬ恐怖を味わっただろう魔王様に。
 どうしても今日の昼間まで、同じ城にいるのが我慢できなかったに違いない。
「温かいご飯でも一緒にどうです?」
 俺は魔王様の肩を、慰めるように叩いた。

 そうして俺たちは魔王様が滞在することになる、迎賓館に向かった。
 この間、ウィストベルがやってきた時にも準備したが、彼女は図書館で一泊していったために、使われなかった屋敷だ。
 その装飾も細かい豪奢な建物に、いくつかある食事部屋の一室で、俺と魔王様は差し向かいで食事をとっていた。

「それでまさか、夜這いされた訳でもないんでしょう?」
 ものすごい顔で睨まれた。表情が凍り付いている。
 ああ、そうか……そうなのか……。

「大丈夫……ウィストベルには言いません」
「やめろ! 何もなかった!」
 でも、夜這いはされたんだ。そこは否定しなかったもんな。
 怖い者知らずだな、あの母親……。
「心中お察しします」
「やめろ……」
 魔王様の返答は、弱々しかった。

 なんだろう。
 スープの味がしない。
 俺は猫舌なのに、熱いスープで舌を火傷するどころか、体の芯から冷えていくような気さえする。
 好奇心はあっさりと、得体の知れない恐怖の前に白旗を揚げた。

「この話題、やめておきましょうか……」
 俺の提案に、魔王様は黙って頷いた。

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