古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第八章 魔王大祭 後編】

111.いよいよ主行事も、開始を残すのはあと少しです



 魔王様の滞在期間は、あっという間に過ぎ去った。
 俺は毎食時を供にし、あちこちの催しに案内し、舞踏会に同席し、時々どうしても外せない用事がある時以外は、魔王様をつきっきりで歓待し続けた。きっと満足してもらえたと思う。ああ、それはもう。
 ちなみに、一度は仮装舞踏会も開催した。魔王様もその催しをいたく気に入られ、その夜だけは女性を迎賓館に同行されたことを、一応記録として残しておきたい。
 だが、ずっと一緒にいた俺より、床を供にした女性より、誰より魔王様との親交を深めた者がいる。
 誰あろう、我が妹マーミルだ。

 なんということであろう!
 まさか魔王様が、弟と同じ趣味だったなんてー!
 なんてーなんてーなんてー!

「おい、貴様……今、またよからぬことを考えていたであろう」
 おっと。魔王様の得意技が発動された!
 その名も読心術だ。
 やばい……一昨日うっかりした時に砕かれた頭が、じんじん疼くではないか。
「いや、まったく、全然、何一つ、よからぬことなんて考えてません」
 俺は素知らぬ顔でうそぶく。
「……まあよかろう。今日までの歓待に免じて、誤魔化されておいてやる」

 魔王様は今朝早く、我が〈断末魔轟き怨嗟満つる城〉を出立された。
 俺が魔王城までこうして随行してきたのは、なにも世界最強――対外的には――の魔王様の護衛を買って出たからではない。
 今日、この日に始まる主行事があるのだ。つまり今までと同様、大祭主として開始を見届けねばならない、というわけだ。
 そうでなければ俺も魔王様も、昼食をすませてお別れしたことだろう。

 ここは魔王城の〈大階段〉を登りきったその先にある、全ての魔族の中心的な建物、〈御殿〉の西翼一階に位置する大広間だ。
 東西南の三方をぐるりと広い回廊が囲む、天井の高い、南北に長い大広間。北の壁を背に低い三段を登った壇上の中央には、天をつく背もたれの黄金の王座が置かれている。正面から見て左横にはそれに似た、けれど一回り小さな椅子が配置してあった。まるで王妃が腰掛ける、その場所であるかのように。
 そう思うのは、そこに誰が座るのか、知っているからだろうか。

 二つの椅子の周囲には、素人目から見ても明らかに一級品と知れる宝飾品や家具・武具の数々が、その存在感を競い合うように並んでいた。これは何も、ただ展示してあるのではない。
 今はがらんとした大広間を、もう数刻経てば一杯に満たすだろう数多の魔族に、下賜するために用意された品々なのである。
 そう。今日始まるのは恩賞会。魔王様と並ぶ席に腰掛けるのは、その主行事の担当者である。

「ジャーイルの城の居心地がよすぎて、時間までに帰ってこぬのではないかと怪しんでいたところじゃ」
 妖艶さに満ちた声が、がらんとした大広間に木霊する。
 魔王様は回廊の西を仰ぎ見、その発言の主が南に向かって伸びる階段上に見つけると、ゆったりとした足取りでその下まで迎えに行った。
 もちろんその相手が誰であるかなど、確認するまでもないだろう。恩賞会の担当者、ウィストベルである。

「我が家臣は優秀だ。こうして準備万端に整えてくれている。それに予とジャーイルが少々時間に遅れたところで、そなたがいれば誰一人として我らの不在など、気づかぬに違いない」
 この間のウィストベルの注意が効いたのか、魔王様は穏やかに微笑んではいるが、デレデレとはしていない。威厳は保ちつつ、優しさのみが足された感じだ。
 ウィストベルは自分に向けて差し出された魔王様の手を取る。
 こうして改めて少し離れた場所から二人を見てみると、流れるようなウィストベルの白髪と、頭髪から含めて黒で固めた魔王様との対比は見事だ。

「上から全体の確認をしておった。確かに、主の配下は勤勉で、抜かりないようじゃ」
「設営は問題なし、受賞者たちはいかがです?」
「すでに、別室で待機しておる。にぎやかしの家臣どもも同様じゃ。いつなりと、恩賞会を始めることができよう」
 魔王様は満足げに頷くと、彼女の手を自分の腕に絡ませ王座の元へエスコートした。それだけでなく、そのままウィストベルをそこへ座らせる。

 ちなみに壇上に俺の席はない。言っておくが、別に意地悪をされてのことではない。俺の役目は大祭主として開催を見届けるだけ。行事の間中ずっとここにいる訳ではないからだ。
 しかしさすがに主行事もここまで来ると、大祭も終盤という感が強い。あと開始を待つのは、大公位争奪戦を残すのみとなるからだ。

「本来ならば、ここにこうして座しているのは、そなたのはずだ。ウィストベル」
 おっと、魔王様。この場には俺たち三人しかいないとはいえ、大胆だな。
「何を言う。本来もなにも、この三百年、実際に世を治めてきたのは主じゃ。私であれば、こうも平穏な大祭を迎えることは叶わなかったじゃろう」
 それには俺も同意だ。ウィストベルが魔王の座についていたとしたら、きっと世は常にデヴィル族の血に濡れ、殺伐とした雰囲気に支配されていたことだろう。

「私は何も、我に次ぐ力を持っていたという一時のみの理由から、主を魔王の座につけたのではない。魔王として全魔族に君臨するに相応しい力量を持つと、認めたからじゃ。それは私にはない、尊いもの。でなくば、とっくにその命を奪ってもっと扱うに容易い者にすげ替えていたであろう」
「ウィストベル」
「故に二度と、このようなことをしてはならぬ。魔王という地位は、主にこそ相応しいのじゃから」
 ウィストベルは立ち上がり、魔王様の頬を撫でた。

 なにこの状況。
 ちょっといいですか?
 二人とも、俺がいるのを忘れてやしませんかね?
 ちょっとは遠慮しようと思わないんですかね?
 それとも、俺が黙って出て行け、ということですかね。

「ジャーイル」
「あっ、はい!」
「何をボウッとしておる。そろそろ時間じゃ。ぐずぐずしていては、とても二十日では足りぬほどの受賞者がおるのじゃ。とっとと動かぬか」

 あーはいはい。わかりました、わかりましたよ。
 働きます、働きますとも!

 二人がそれぞれの正しい位置に座り直して、蟻が群がりそうな会話を交わしている間に、俺はまずは別室で待つという儀仗兵を大広間に配置し、重臣たちを順位順に整列させ、受賞者たちのチェックをして、それから二人の元に戻ったのだった。

 ちなみに褒賞の授与のための大広間は、その内部に見学者が入ることはできない。だが、映像は魔術であちこちに中継されているし、東西にいくつもある扉は開放されて、そこから中を覗けるようにはなっている。
 さあそうして一生懸命に働いて、ようやく準備が整った。ほとんど魔王様の配下が準備してくれていたので、俺は最後の点検と合図を出しただけではあるが。
 だがここで一つだけ、言わせて欲しい。小さい男だと思われても構わない。
 これは本来、主行事の担当者の仕事だったのだ、ということを。

 ともかく恩賞会の始まりである。この宣言は、俺か担当者のウィストベルがしなければならない。今までの主行事と同様に。
 ちなみに打ち合わせはしていない。
 当然、ウィストベルがそんな面倒を請け負うはずはないだろう。そう判断して俺が口を開きかけたその瞬間、ウィストベルがすっくと立ち上がったのだ。
 魔王様を間に挟んでやや前方に立っていた俺は、やや後退した。だがそんな風に遠慮してみせなくても、ウィストベルの存在感は何にも勝っている。

「今日より始まるのは恩賞会。数ある魔族の中で、魔王ルデルフォウス陛下より褒美を受け取るに相応しい働きをしたものだけが、この大広間に踏みいることを許される」
 ウィストベルは両手を大きく、高く広げた。
 今までの行事と違い、呼応するような歓声はおこらない。デヴィル・デーモンの区別なく、誰もが瞬きを、息をするのを忘れてウィストベルの美貌に魅入っているからだ。
 いいや、全員が魅入っているという訳ではないのかもしれない。恍惚としているというより、恐怖に強ばっている者も見受けられたのだから。
 わかる。わかるよ。
 みんな! それは本能的な恐怖だ。君たちは、俺がいつもこの目によって感じているものの片鱗を、感じたに違いない。
 魔王様がさっき言ったように、今この瞬間は俺と魔王様の存在も、忘れ去られているかのようだ。

「選ばれし者の名を呼べ。褒賞を受けるに相応しい者の名を。さあ、恩賞会の幕開けじゃ」

 妖美漂う女王様の宣言は、魔族にあらざる緊張と沈黙によって、受け入れられたのだった。

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