古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第八章 魔王大祭 後編】

117.一位に選ばれたのは、もちろん! 魔王……様……?



 さあ、次はいよいよ、デーモン族の番だ。
「デーモン族女性、第一位」
「えっ!?」
 なんで女性?
 今までの順番で言うと、ここは男性のはず……。
 俺は魔王様を振り返る。

 ああ、そうか。
 一位は魔王様だもんな。さすがに最後に回したのか!
 しかし、ということは……。

 蔦が開かれ、堂々とした黒装束の女性が現れる。
 もっとも、そんな衣装もその正体を隠すには力不足だ。そもそもこの期に及んで一位が誰か、わからぬ者があろうか。

「ウィストベル?」
 俺が思わずそう呟いてしまったのには、理由がある。
 蔦の間に姿を見せはしたものの、彼女はそこから一歩だって出てこようとはしなかったからである。
「一位の者は前に」
 サーリスヴォルフの催促を受けて、ようやく彼女は身体を動かした。しかし、足を前に踏み出したのではない。手を――その白い、陶器のようになめらかで華奢な手を、すっと前に差し出したのだ。

「ジャーイル」
 サーリスヴォルフがため息をつきつつ、俺の名を呼んだ。何を請われているかはわかっている。
 振り返る瞳に、魔王様の首肯を認めた。ついでにいうと、舌打ちした親友の姿も、だ。

 俺は小屋に歩み寄り、伸ばされた手を取る。そうして満足そうに頷く彼女を中央まで導き、それから手を放した。
「ふん……相変わらずの我が侭放題、好き放題」
 ボソリと呟いたのが誰であるのか、振り返って確認するまでもないだろう。

 一位に選ばれた彼女は、俺とサーリスヴォルフの間に立つと、黒装束を脱ぎ捨てた。
 頭から肩、艶やかな細い白髪と戯れるように、衣服に覆われた背中をなめらかに滑る黒い布。勿体ぶったように腰でためらい、丘陵を撫でるようにして足下に落ちたその動きを、扇状的に感じたのは俺だけではないはずだ。
「あああああ」
 言葉にならない叫びには、女性の声も混じっている。想像を絶する美貌に、性別は関係ないらしい。

「大公、ウィストベル!」
 デヴィル族の男性儀仗兵が、その名を高々と呼ばわった。
 女王様は今日も堂々と、全ての視線を受け止めている。いいやむしろ、常より勝ち誇った表情で。
 ドレスも大昼餐会から着替えたのだろう。いつもより遙かに露出の少ない、身体の線もわかりにくいふわりとした服を着ている。それが却って惜しげに姿を現す足首を、より淫靡に思わせた。

「今回のコンテストの結果は、前回よりずっとよいの」
 呟かれた挑発に、背後の気配が反応する。
「ふん――せいぜい好きに言っているがよいわ」
 衣類をそよがす鼻息混じりで。

 ウィストベルは嗜虐性の混じった笑みをくまなく周囲に配り終えると、俺の外隣に移動した。
「デーモン族の――」
 右の兵がそのまま最後の呼ばわりを始めかけたその時、サーリスヴォルフが手をあげてそれを制止する。
「その名は、私が呼ぼう」
 サーリスヴォルフは意味ありげに俺を見やった。
 まあそうだな。「魔王ルデルフォウス」とか、その名を儀仗兵に呼ばせるわけにはいかないもんな。

「デーモン族の男性、第一位」
 サーリスヴォルフが改めて、そう口にする。
 蔦のカーテンを確認すると、予想と違って左右に開かれている。
 だが、その中から誰かが姿を現す気配はない。
 やはりそれは形式的なもので、実際にその栄誉を受ける者は他にいるからだろう。

「大公」
 ……ん?
 大公?
 魔王じゃなくて、大公?
「ジャーイル」
 ……。
 …………。
 ………………。

「ん?」
「……いや、ん? じゃなくて。一位は君だよ、ジャーイル」
 サーリスヴォルフがいつもの笑みを向けてくる。と、いうことは、何か聞き間違いをしたか?
「一位は魔王様じゃ――」
「何言ってるんだい。君だってば」
「は?」
 いやいやいや。
「俺をからかってるのか?」
「まさか」
 これは冗談か? サーリスヴォルフなら、それもあり得るだろう。
 サーリスヴォルフは観衆たちに向き直る。

「実はジャーイルには、入賞したことを知らせていなくてね。この場での発表を聞いても、まだ今一つ、得心がいかないらしい。そこで、君ら……ことにデーモン族の女性たちに問おう」
 腕を引かれ、中央に立たされた。
「この結果に納得のいかないものはあるか?」
「ないわ! 私はジャーイル閣下に投票したもの!」
 誰かが叫んだ。
「私もよ!」
 それを皮切りに、あちこちから悲鳴にも似た声があがる。

「わたくしはベイルフォウス閣下だけど、異論はないわ!」
 ずいぶん近くからも声が飛んできた。
 ウィストベルがじろり、と魔王様の隣に立つ二位の女性を一瞥する。それだけで、少し温度が下がった気がした。
 いや、そんなことより。

「ホントに俺?」
「そう言っているだろ」
「おい、謙遜も過ぎると嫌味だぞ、ジャーイル! 心配するな。どうせ今回限りだ。次はまた、俺が一位だろうよ」
 ベイルフォウスは、どうやらまだあと千年も健在のつもりらしい。
「ほら、いつまでも突っ立ってないで。みんなに何かないの? せめて手を振るとかさ」
 サーリスヴォルフに促されて、観衆を見回した。

 その歓迎ぶりからいっても、みんなもそれほどこの結果を異常なものとは思っていないようだ。
 俺だって別に自分の容貌が悪いとは思っていないが、さすがに一位はないだろう。
 とするとそうか。
 これはもしかして、俺への褒美の代わりか。大祭主、お疲れさま……とかいう感じの!
 そう考えれば納得はいく。なんと気の利く同胞たちであろう。
 俺は感謝の気持ちを込めて手をあげた。
「ありがとう。君たちの心遣いに感謝する」
 ベイルフォウスへの歓声に、負けない大声をあげてくれる女性たち。

 だが、そうだとしても一位か!
 考えてみれば、こうしてはっきりと何かで一番になるのは、生まれて初めてではないだろうか?
 しかもお愛想だとしても、こんなに大勢の女性たちから好意的な声をあげられて、悪い気はしない。
 ……いや、正直にいうと、結構嬉しい。秋波を送りまくるベイルフォウスの気持ちも、多少はわかるというものではないか。

「鼻の下が伸びきっておるぞ。よほど奉仕が愉しみと見える」
 ウィストベルに注意されて、気がついた。
 そうだ……!
 うっかり忘れていたが、一位になったということは、抽選で決まった誰かのところに一晩の奉仕を――
 いや、大丈夫! 奉仕ってそういう意味じゃないから!!

「待たせたね、みんな。本番はここからだ! そうだろう?」
 ひときわ大きく、サーリスヴォルフが観衆を煽った。その途端にわき起こった大歓声で、空気が音を立てて震える。
「今から一位の奉仕先を、魔王様に選んでいただく」
 えっ。魔王様が選ぶの!? サーリスヴォルフとか、本人が抽選するんじゃなくて?
 ところが驚いたのは俺だけではなかったようだ。魔王様もまるで初耳だと言わんばかりに、眉を寄せているのだから。

「ちなみに、当然一位に選ばれるような美男美女だ。あまりにも記名投票が多かったので、五十名までには絞ってある!」
 えっ。そうなの?
 つまりそれぞれ五十名以上の記名投票があったってことなのか。
 俺に……名前を書いて投票した者が……五十名以上も……。
 そういえば、約二名から宣言されて、そのうち一名からは実際に投票したことも聞かされているが……彼女たちの名も、その投票箱のなかに入っているのだろうか。

 そうこう考えている間に、恭しく青い箱を捧げ持った黒装束の四人が、それぞれ一位の背後に整列した。
 青い箱は投票台の四隅を照らしていた夜行石をくり抜いて造ったもの、黒装束の四人は投票作業にも携わった公正投票管理委員会の委員の代表だ。

「さあ、ルデルフォウス陛下」
 サーリスヴォルフの要請に応じて立ち上がった魔王様の表情からは、もうさっきの苛立ちは消えていた。とりあえず、拒否せず受け入れることにしたようだ。
 だが……心中は察してあまりある。
 一位の奉仕先を選ぶと言うことは、ウィストベルが一泊する場所を、自分の手で選ぶということなのだから。
 いや。他人を思いやる余裕が、この俺にあるとでもいうのか。

「では、まずデヴィル族の男性一位からお願いいたします」
 ぱおんの背後に立つ黒装束が、きびきびとした動作で魔王様の前に進み出て跪き、天面に布を貼った穴のある箱を恭しく捧げた。
 ぱおんがハアハア言いながら見守る中、魔王様は特になんの感慨もないように手を入れ、あっけなく一枚の紙を引き上げる。
 そうして折られたそれの中を確認することもなく、サーリスヴォルフに差し出した。

「おや、これは……」
 サーリスヴォルフは書かれた名前に覚えでもあるのか、ニヤリと笑ってぐるりと観衆を見渡し、一人の女性名を読み上げる。
 きゃあああ、という喜びを含んだ叫びが、遠くから響いてきた。
 そうか。名を書いた者の大多数は、この場に結果を見守りに来ているのかもしれない。

「次はデヴィル族女性の一位、アレスディアの抽選」
 どうやら、発表と同じ順番で抽選も行われるようだ。
 しかし、そうか! アレスディアも一位ということは、奉仕先に一泊せねばならぬわけで……これは、何らかの手を考えておかないといけなくなりそうだ。
 主に、マーミル的な要因で。

 魔王様はまたも投票用紙を選び取ると、そのままサーリスヴォルフに渡す。
「おっと。次の名は、みんなも知っているんじゃないかな?」
 なんだって? まさか、プートじゃないだろうな!?
「ランヌス……画聖ランヌスだ」
 その途端、またも魔王城の中から轟く猛獣の咆哮。今度ははっきり、怒りを含んでいる。自分の名が読み上げられなかったからって、不満をあげるのは止めようぜ、プート……。
 同時にランヌスが喜びの声をあげていたとしても、その咆哮によってかき消されていることだろう。

 画聖ランヌス。
 確かにサーリスヴォルフの言った通りだ。俺でさえ、絵の天才と名高い彼のことは知っていた。
 我が大公城で行われている絵画展にも、彼の絵が数点出品されてあったはずだ。
 そういえばその中からマーミルの絵の師匠を選んで、お願いしようと思っていたんだった。ランヌスが……もし、変な輩で条件から外れていなければ、彼に頼むという手もあるな。

「ではデーモン族の」
「ジャーイルからだ」
 サーリスヴォルフの言葉を遮って、魔王様がきっぱりと断言した。
 俺のお隣で、女王様が嗜虐的な笑みを浮かべたのが、見なくても感じられた。
「大公ジャーイルの抽選が先だ」
 もう一度、低い声でそうのたもうた。

 冷静なのはやはり振りだけで、心中穏やかでないらしい。
 わずかでもウィストベルの奉仕先を選ぶのを、遅らせたいのだろう。
 サーリスヴォルフに否やを言えるはずがない。なかなか強引に意見を通そうとしない魔王様が、これだけはっきりと望んだのだから。
 俺の後ろの黒装束が、その箱を魔王様に差しだし――
 ああ、ちょっと待って、魔王様!
 もうちょっと丁寧に選んでくださいよ!

 魔王様は先の二人と同様に、俺の相手もあっさりと選んだ。
 だがそのままサーリスヴォルフには渡さず、今度は折られたその投票用紙の、中身をしっかりと開いて確認したのだ。
「ほう……」
 なに魔王様!
 なんでそんな意地悪そうに笑ってこっち見るんですか!?
 うわ、なんか胃が痛くなってきた……。

「おや、これは――」
 サーリスヴォルフまでもが意味ありげに言葉を止める。
 なんだよ、二人とも!
 そんな態度とられたら、気になるだろ!
「大公ジャーイルのお相手は――」
 お相手っていうな!
「侯爵、リリアニースタ!」

 ……。
 マジか。
 マジなのか。

『どうせいずれ一晩、お付き合いいただくことになるのですから。その時にはじっくり、指導してさしあげましょう』
 最後に会った時の自信満々な表情と声が、俺の脳裏に甦った。どうせ彼女はこの場にもいないのだろうな、という確信と共に。

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