古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第八章 魔王大祭 後編】

118.長かった一日も、ようやく終わりです



 その後は酷かった。
 いや、俺がじゃない。
 魔王様が、だ。

 リリアニースタの名が呼ばれた後の手順を、あろうことか一部省略しようとしたのだから。
 つまりウィストベルの抽選を無かったことにして、デヴィル族とデーモン族を合わせた上での第一位――“魔王公認・魔界一の美男美女”の発表に移ろうとしたのだ。
 さすがにその場の大公全員から突っ込みが入った。ウィストベルはもちろん、ベイルフォウスまで「兄貴、往生際が悪すぎるぜ」
と言ったくらいだからな。
 その後も、平静な素振りで渋々抽選箱に手を入れたはいいが、一枚を選ぶのにさんざん時間をかけた。ウィストベルが魔王様の腕を掴んで引き上げなければ、日が暮れていたことだろう。

 ちなみにその際、「ルデルフォウス、ルデルフォウス」とぶつぶつ自分の名前を呟いていたのを、残念ながら俺は聞いてしまった。
 投票開始日は遷城の後だったから、魔王様も堂々と自分の名を書いて用紙を投票したのかもしれない。
 ちょっと、いろんな意味で涙が出そうになった。こんなことで俺の寵臣としての忠誠心は揺らがないぞ、と自分自身に言い聞かせたくらいだ。

 当然というか、引き上げた投票用紙に魔王様の名はなかった。記された名を、その場の誰も知らないようだったから、それほど上位の者でもないのだろう。
 大体いくら魔王様が祈りを込めたといったって、そんな都合のいい魔術などないわけで、そうそう上手く選ばれるはずもない。リリーのような例が稀だ。
 それにしたってその後の魔王様から漂う脱力感といったら、なかった。
 表情だけはキリリといつものように引き締めていたが、目が死んでいた。
 明日からの魔王様の威光が心配だ。
 それはともかく、最後にはデーモン・デヴィルをあわせた上での、最高得票数獲得者の発表があった。

 男性は、ぱおん。
 サーリスヴォルフの解説によると、彼個人の得票数は前回のマストヴォーゼを大きく下回っていたそうだ。もしベイルフォウスが前回ほどの票数を得ていたら、ぱおんに上回っていたのだとか。
 だが今回は、俺とベイルフォウスはほぼ同数に近い票数を得ていた。つまりデーモン族の女性からの票が、大きく二分されたということらしい。
 それで結局、男性部門はデーモン族がデヴィル族の多数に勝ることが、今回もできなかったのだという。

 一方で、女性の方はその逆のパターンに陥っていた。
 つまり、デーモン族のウィストベルが圧倒的多数を一人で得ていたのに対し、デヴィル族の方はアレスディアとアリネーゼに大きく割れたのだ。
 そのために、なんと!
 もうわかるだろう?
 ウィストベルが今回の、“魔王公認・魔界一の絶世の美女”に選ばれたのである!
 その時ばかりは、魔王様も嬉しそうだった。なにせ“魔王公認”というその部分は、真実なのだから。
 そういう風に美男美女コンテストの発表は終わり、俺たちは恩賞会の会場に移動することとなった。
 ちなみに後でこっそり聞いた話だが、そのせいでデーモン族の二位以下から五十位ほどまでの得票数に差はほとんどなく、うちの現役副司令官は一票の差で三十位に入れなかったのだという。

 恩賞会では順番から言えば、競竜の優勝者が先に表彰されるべきではあった。
 だが、コンテストの上位者のほとんどが、パレードに参加しているという事実を鑑みられ、先にそちらの表彰から行われることになったのだ。
 以前にも言ったように、三十位から二位までにはそれぞれ褒美が与えられ、一位はむしろ奉仕しなければならない。だがそれは、コンテストの中でのことだ。

 恩賞会では別だった。
 一位も三十位までと同様に、褒賞を与えられる対象となるのだ。
 もっとも、コンテスト独自の方で豪華な品物を得られるせいか、恩賞会でもらえたのは順位と名前の刻まれた楯とカップ、それから旗の三点セットだったが。

 その旗というのがまた……。
 大公城では俺の紋章旗があちこちで毎日翻っているが、それと並べても遜色のないほど大きなもので……。そこに順位と名前がでかでかと、描かれているのだ。
 旗は……うん。倉庫にしまっておこう。

 そうしてその日の行事を全て終え、大公城に帰りついた頃にはすっかり夜も更けていたのだが――

「ううええええええ」
 私室に向かう途中の廊下で、泣きわめくマーミルに進路を遮られた。妹は髪を振り乱し、鼻頭を真っ赤にしながら両腕で必死に流れ落ちる涙を拭っている。
 近頃上の空ばかりだったマーミルが、以前の調子を取り戻したようじゃないか!
「旦那様。なんだってお嬢様がこんなに泣いてらっしゃるってのに……ぐすっ。そんな嬉しそうなんですっ……ぶびび……酷いですっ、冷血漢っ」
 毎回付き合って鼻水を垂らしている侍女にも、もう慣れた。

「どうした、マーミル。なぜ泣いてる?」
 と、質問してから自分の迂闊さに気がついた。俺は一つの可能性に気がついたからだ!
 まさかマーミルが泣いているのは……例の子供にふ……ふ……ふら、れた……のが、原因、とか……。

「おじいだまぼ……アレスディアも……」
 ちょっと待て。なんで俺だけお祖父さまみたいになってるんだ。
「いぢい……いぢい……」
 とりあえず、よかった! 振られたとか、そういう理由ではなさそうだ。
「そうか、喜んでくれてるのか。お兄さまたちが一位になって」

 そう言って頭を撫でたら、手を弾かれた上にすごい形相で睨まれた。
「おじいだまのばか!!」
 だから何で、お祖父さま……。
「奉仕なんて……奉仕先だなんて……」
「いや、奉仕先といっても、別にそういう意味じゃ……」

 っていうか、妹は「奉仕」という言葉をどう捉えているのだろう。まさか……卑猥な意味を感じ取っているわけじゃないよな? そんなこと、まだ考えつく年じゃないよな?
 もしかしてあれかもしれない! 例えばいつも自分の世話だけをしてくれているアレスディアが、ほかの人の小間使いみたいに使われるのがイヤだ、とか、大公という地位にある俺が、奉仕先で執事みたいなことをさせられるのでは、と、危惧しているだけなのかもしれない!  いや、きっとそうだ。

「大丈夫。いくらその一日は、招待先に出向いてその相手に尽くさねばならないと言っても、アレスディアが侍女としてこき使われたり、俺がその相手に跪いたりすることはないから、安心しておいで」
 そうとも。ここはずるいと思われても、俺は自分とアレスディアの身の安全のために、大公としての権限を惜しみなく行使するつもりだ。つまり、相手を脅してでも――ごほんごほん。いや、なんでもない。
 ちなみに、その実行日は〈魔王ルデルフォウス大祝祭〉が終了して後のことだ。抽選で選ばれた相手から所定の招待状が届いて初めて、指定された日に決行、ということになるらしい。

「でも、ア、アレスディアはっ、裸にされて、絵に描かれたり……ひっく、お兄さまは、相手の女性と一緒に、寝るんでしょう! 私と、寝るみたいに! うええええん!!」
 なんだと!?
「バカを言うな」

 いや、まあ自分と寝るように、という風にしかまだ考えつかないのには、ある意味安心した。が。
 それにしたって、いったい誰がそんな話を妹に聞かせたんだ。
 ベイルフォウスはあれ以来全くこの城に来ていないし、一応マーミルには配慮してくれていると思う。
 俺はいつものように、マーミルの裾にすがりついている侍女に疑いの目を向けた。

「お前というやつは」
「いはいいはいいはい!! ひはいまふっ、わはひははいですほぅ!! うわはっ! おひょうはまはうわはをおひひになっへ」
「本当か」
「本当ですよっ。事実確認する前からほっぺをぎゅうするだなんて、酷すぎます。いくら大公様でも横暴にすぎます! 傲慢にも程があります! 嫁入り前の大事な顔に、傷がついたらどうするんですか!? 痣になったら、責任とって大公妃にしてくれるんですかっ!?」
「す、すまん」
 しまった、迂闊だった。今度からはこめかみグリグリにしよう。

 だがちょっと待て。念のために。
「ユリアーナ。参考までに聞くが、君は投票に――」
「もちろん、行きましたよ。あ、でも旦那様には入れてませんから、自惚れないでくださいね!」
 なんだろう……別に悔しくはないが、ムカついた。
 いや、そんなことより。

「マーミル。誰がそんなことを言ったんだか知らないが、大丈夫だ。お兄さまが約束する。アレスディアは絵には描かれるかもしれないが」
 一応、相手は天才画伯だしな。美女に創作意欲を刺激されての、記名投票という可能性も大いにある。むしろこの機会に自画像を描いてもらえるなら、光栄だと思う者の方が多いのではないだろうか。
「嫌がっているのに裸にされることはないし」
 本人が許可した場合のことまでは、さすがに俺の関与するところではない。

「俺だってリリー……その、相手の女性と、お前と寝るみたいに一緒に寝ることなんて、決してないと誓うよ」
 まあ……相手は愛妻家の旦那もちだし、俺もどちらかというと彼女は苦手なタイプだ。いくら美人だからって、明らかに俺のことを何とも思っていないとわかっている相手だ。間違いなんぞは起こらんだろう。
 昔ならいざ知らず、今はそこまで軽くはないと、自分を信じている。
 普通に侯爵城に招待されて、終わるに決まっている。
 ……いや、むしろ説教だか指導だかで一晩中圧力をかけられそうな、そんなイヤな予感がしなくもない。

「本当……に?」
「ああ。本当だ。お兄さまが今までお前との約束を破ったことはあるか?」
 またも妹は、俺の不履行の事実を忘れて、顔を左右に振る。
 そうしてようやく顔をあげた妹の涙を、俺は手でふき取った。

 それを黙って見ていたユリアーナが横からハンカチを取りだし、それをマーミルの鼻に当てる。
「はあ。全く、旦那様は」
 なぜか不満気味にため息をつかれた。
「お嬢様、はい、ちーん」
 マーミルが大人しく従って鼻をかむと、侍女は再びハンカチを懐にしまい、俺に厳しい目を向ける。
「駄目ですね、旦那様。五十点です。ベイルフォウス様ならここまでなさいますよ」
 いらっっとしたので、無視しよう。

「わかったか、マーミル。お前が泣くことなんて、何一つない」
 俺は妹を抱き上げた。その瞳には、まだ不安げな光が揺れている。
 こういうときは、すかさず気分転換を図るに限る。
「そうだ、その一位の賞品を見るか?」
「賞品?」
「ああ。魔王様にいただいた。楯とカップと旗だ」
 恩賞会でもらった品物は、俺が帰るより早く大公城に届けられ、部屋へと運ばれているはずだ。
「……見る」
 目元をごしごしとこすろうとした妹の手を止めて、代わりに頬を撫でてやる。
 そうしてすっかり気分の落ち着いて穏やかな顔つきになった妹を抱いて、俺は自室に戻っていった。

 ***

「わあ、すごい! 大きい」
 妹は鼻声であることを除けば、すっかり元通りだ。
 居室のテーブルに整然と並べられた、三つの賞品。
 その楯を持ち上げては重さに驚き、カップに顔をつっこんでは――今日だけは許してやろう――「あー、あー」
と声を出してその反響を楽しんでいる。

「すごいわね、ユリアーナ! ここにゼリーを作ったら、マストレーナと食べてもまだ余るんじゃないかしら」
「さようでございますね」
「マストレーナ?」
 初めて聞く名だ。新しい友達か?
「ネネネセたち姉妹のことよ。“マストヴォーゼの娘たち”という意味になるんですって」
「ああ……」
 確かに、マストヴォーゼ、あるいはスメルスフォの二十五人の娘たち、だなんて毎回言いにくいもんな。
 ……言ったこともないけど。

「ん?」
 妹が大きな旗をユリアーナと協力して広げたために、部屋の端の書き物机に寄らざるを得なかった俺は、その机上に見慣れない箱があるのに気がついた。
 それは金箔で俺の紋章が描かれた、三十cm四方の漆塗りの箱。その厚さは十五cmほどだろうか?
「なんだ、これ……」
 見覚えはなかったが、なにせ俺の紋章が入っている。エンディオンかセルクが、新しい書類入れでも作ったのかと蓋を開けてみると、そこには――

「記名済みの、投票用紙……か……」
 そこには抽選で選ばれたリリアニースタの投票用紙を一番上にして、高く積まれた折り目のある数千の投票用紙が詰め込まれていたのだ。
「本人には公開……されるのか……」
 知らなかった……。
 よかった。どうせ選ばれないだろうと、冗談で名前を書いたりしないで。

 椅子に座って、いくつかを取り出してみる。
 いや、でも待てよ。万が一、これで知り合いの名とか見つけてしまったら……今後、気まずくなったりしないか? 俺が!
 一瞬ためらったが、ふと目をおろした瞬間に、早速知った名を見つけてしまう。
 そこには俺と共にデーモン族の第一位になった女性の名が、はっきりと書かれていた。コメントと共に!

〔これで私が選ばれれば、今度は拒ませぬ。覚悟するのじゃな〕
 うわあ……よかった。これが選ばれなくて、ほんとよかった。
 万が一、魔王様がこれを選択して中身を見たとすると……今日が俺の命日となっていたことだろう。

 チラチラと他の用紙にも目を通してみると、やはりほとんどがウィストベルのように一言を書いてくれている。
 ちなみに、リリアニースタの分には俺と彼女自身の名が、流れるような達筆で書かれているだけだ。俺に対して、なんの一言もなかったらしい。
 中には〔ベイルフォウス様にはいつでもお相手いただけるので、閣下との機会のために賭けてみました。うふん〕とかいうこちらの反応に困るものも、結構な数で見受けられた。
 それどころかまるで男性であるかのような名も、いくつか混じっていた。きっと親がわざと娘に男性名をつけたのだろう、と、思いこむことにした。その中には知っている名もみた気がしたが、たまたま同名なだけだろう。
 だがこうして書かれたコメントを読んでいくと、さすがに俺でも胸が熱くなる。割とみんな、真面目に投票してくれたようだ。

 そうしてまた知った名を一つ、見つけてしまう。
〔違うんですっ。私は別に、好きとかそういう理由じゃなくて、閣下の身を、閣下の身を守るために、閣下の貞操を守るために、こうして名を書いて投票しただけなんです! 誤解しないでくださいっ〕
 なにも、投票用紙にまでそんなこと書かなくったって……。
「ジブライール……」
 俺はその女性の名を呟き、大きなため息を一つ落とした。

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