古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第八章 魔王大祭 後編】

119.調査を依頼したからには、結果の報告も受けねばなりません



 妹は、少し落ち着いた。
 まだ多少、不安はあるようで、俺をじっと見てきたり、気の抜けたように惚けたりはしているが、それでも十日前よりずっと妹らしくなってきている。
 もう大丈夫だ。
 だから今だ。
 ミディリースの所へ調査結果を聞きにいくのは、今なのだ!

「閣下……もう来ないかと思った」
 なんだ、その半眼。
 やめてくれ。責めるように見ないでくれ。
「すまんな。もっと早くにくるつもりではあったんだが、忙しくて……」
「言い訳はいい」
 ぐっ……。
「野いちご館は楽しめたか? 踊ったり、誰かと話したりしたのか?」
 ミディリースは大きくため息をつくと、分厚い本を閉じ、その上に小さな両手を置いた。

「私のことは、いい。それよりようやく、現実と向き合う気になった?」
 いつも頼りないミディリースが、今日はなんだかしっかりして見える。とてもお姉さんっぽい。
「ふっ……いいだろう。聞こうじゃないか」
 俺は彼女の正面に座り、腕を組んだ。
 そうとも。俺がたかが妹の恋愛話に、動揺などするはずもない。先日のマーミルを見てみろ。
 私と寝るように、だぞ? まだまだ子供だ!

「マーミル姫、可愛らしかった。顔を真っ赤にして、相手の子にも遠慮してしか近寄れないみたいで、恥じらう口元とか、キラキラ光る上目遣いの目元とか、あれはどう見ても恋する少女」
「うわあああああ!!」
 やめろ、想像しちゃったじゃないか!!!
 なんでいつもたどたどしい語りのくせに、今日だけそんな淀みないんだよ!

「……閣下……」
「…………」
「耳を塞ぐと、何も聞こえない」
 ミディリースが立ち上がり、机の向こうから俺の腕を握って、引っ張り外そうとする。
 だが、か弱い女性の力で、男の腕力に敵うはずもないではないか。

「…………」
 俺が腕を耳から離そうとしないでいると、ミディリースは何を思ったのか、机を回り込んで俺の横にやってきた。
 そうして……。
 俺の見守る中、少しうつむき加減になって、背を丸め、内股で足先でトントンと床を叩きながら、前にくんだ手をもじもじし始め、頬を少し赤らめて口元をきゅっと結び、潤んだ目で上目遣いに――

「わかった! もうわかったから! 実践しなくていいから、頼む!」
 俺はミディリースの肩をつかむ。
 なんだよ、普段はあんなに恥ずかしがり屋なくせに! なんでこんな時には思いっきり恥ずかしい演技を平気でするんだよ!!
 ちょ……今、ふっって笑ったろ!
 ミディリース……まさか隠れドSなのか?

「マ……マーミルの様子はいい。それより、その……相手の子供、だが」
「相手の男の子、ね」
 ミディリースは俺の正面席に座り直した。
「どうだった……」
「どうって?」
「真面目そうだとか……ベイルフォウスみたいだ、とか……」
「ベイル閣下……つまり、女たらしっ、てこと?」
 引きこもりでも、奴の悪行は知っているらしい。

「まあ、そうだ」
「子供なのに……」
「でもほら……あるだろ? 子供だろうと、女性に不誠実そうだとか、そういうのは。将来女性を泣かせそうだな、とか。ベイルフォウスだって、きっと子供の頃からあんな感じだったんだろうし」
「そこは……子供の頃から、あんなではないだろう、じゃ……」
 いいや。あいつは絶対、子供の頃からあんなだ。間違いない。確信をもって断言する!

「まあでも、あの子も子供、といっても、マーミル姫よりは、だいぶ上……」
「えっ」
 同い年くらいだと思っていたのに。
「たぶん、成人近いと思う……」
 なんだと!?
 確かに、双子も背は高いように言っていたか。
「真面目そうな、子、だった」

 ミディリースは、意外にもしっかりとした報告をしてくれた。
 見た目は誠実そうで、受け答えははきはきとして礼儀を守り、かといって卑屈でもなく、可愛い女子にも、浮ついた態度をみせることはないのだとか。
 領地を移動したばかりで知り合いもいないだろうに、すでに同性の友人も数人、できているらしい。
 妹に対しても、大公の身内だからと特別扱いをするでもない。それでも人付き合いの苦手そうなマーミルを思いやって、歓談の輪に誘ってくれたり、ダンスの相手を申し出てくれたりと、とにかく気の使い方にそつがないのだとか。
 年長の子供たちの中でも魔力も突出している方らしく、かつ身体能力も高そうで、もちろん竜の操作も手慣れたものである、と。

 ……。
 ……なにそれ。
 なに、その嫌味なほど完璧にできたお子さま!
 俺がその年頃なら、間違いなく可愛い女子にはデレデレするだろうし、同性の友人とか絶対すんなりできないし!
 っていうか、実際には女子とも男子とも仲良くなれず、ぼっちだったんだが!!
 なにこの差……胸が痛い。

「あれは、マーミル姫でなくとも、同世代の子なら惚れる。実際モテてた」
「えっ。まさか、ミディリース……君も?」
「閣下。私、同年代、違う」
「あ、すまん」

 どうやら惚れたのではないようだ。
 俺の言葉にムッとしたように、唇をとがらせている。
 そうだよな。いくら見た目は子供のようだといっても、実際には俺よりお姉さんなんだもんな。
 ……話していても、子供みたいに感じるときが多いけど。

「まあ、心配いらない。少なくとも、相手に問題はない。むしろ、初恋の相手としては、上々」
 ミディリースは分厚い本を胸に抱きしめ、椅子から軽やかに飛び降りる。
「報告、以上。では」
「ああ、ありがとう」
 彼女はこくりと頷くと、花葉色の髪を翻し、小走りに行ってしまった。

 ミディリース。
 野いちご館には渋々行ったはずなのに、あんなにしっかり調べてくれるだなんて。
 妹の初恋相手の人となりと同時に、俺はミディリースの誠実さを知ることになったのだった。

 ***

「閣下、よろしいでしょうか」
「ん?」
 ためらいがちな声に顔をあげると、三人の見知らぬ女性が、手をそわそわ組み合わせながら立っていた。

「あの……私たちのことなど、もちろんご存じないのはわかっていますが、どうしても閣下に一言、お伝えしたくて」
「そうなんです。どうか、ご無礼をお許しください」
 二人がそう話し、一人がこくりと頷いた。
「ああ、かまわない。ここは舞踏会場ではないし」
 ダンスを踊るのなら、上位から下位への声がけが通例となっているが、ここは談話室の一つだ。とはいえ、どちらかというと、なだらかな曲調の生演奏を背景に、静かな語らいを楽しむ部屋ではあるが。

 ……お前はなんでそんなところに一人でいるかって?
 別にいいだろ!
 ミディリースの話がショックだったから、ちょっと静かな音楽を聞きながら、物思いに耽りたかったとか、そんなことは決してないのだ!

「コ、コンテストの第一位、おめでとうございます!」
「おめでとうございます」
 三人が、そろって頭をさげる。
「ああ、ありがとう」
「私たち、みんな閣下に投票したんです!」
 真ん中の娘が顔を真っ赤にしながら、そう言った。
「ああ……うん、ありがとう」
 他になんと言えというのか。サーリスヴォルフなら、気の利いた言葉を口にするのかもしれないが、俺には礼を言うことしかできない。

「私はティレニアです」
「ヒーズリーです」
「スーディーともうします」
 三人は名乗りをあげて、こちらをじっと見つめてくる。
 それきり、何か期待するように瞳を輝かせるばかりで、続きの言葉がないのだった。

 えっと……。
 もう一回、ありがとうって言うべきか?
 それを待たれているのだろうか?
 でも、口を開けば礼ばかり、というのもな……。

「私たち、みんな名前を書いたんです」
 さっき聞いた。やはり「ありがとう」の催促なのか?
「名前を、というのは、もちろん自分たちの名前を、という意味で――」
 ああ、記名投票をしたということか。
「それでつまり――」

 三人の娘は、少し困ったように顔を見合わせている。魔力の弱さと雰囲気からしても、たぶん無爵の女性たちなのだろう。
 彼女たちも俺に声をかけてみたものの、これ以上はなんと会話を続けていいのかわからないのかもしれない。有爵者との会話には、それほど慣れてもいないだろうし。

 ティムレ伯の言った通り、下位の魔族にとって上位の魔族というのは、舞踏会場でなくとも話かけにくいものなのだ。
 なにせ上位には、力こそ全て、を体現した乱暴者も多い。それを警戒しなかったとしても、歴然たる魔力の差というものは、俺のようにその事実をはっきりと見て取る目がなくとも、本能的な恐怖として肌で感じるものだったりするからだ。

 真ん中の娘が両脇からつつかれ、声を絞り出すように口を開いた。
「ざ……残念でした」
「ああ……残念だった」
 何がかはわからないが、ひとまず同意しておく。
「でも、私たちいつでも――」
 三人は思い切ったように、顔を見合わせて頷き合う。
「閣下にお仕えする覚悟はできております」
「……」

 ちょっと待て。残念って、自分が選ばれなくて残念ってことか。
 名前を書いた方の感想としては、そうなるのかもしれないが……。
 もしも、この発言がもっと知った相手からのものなら、俺は「女性がそんな慎みのないことを言うんじゃありません。こっちが誤解したらどうするんですか」と、額に手刀でも浴びせて説教したことだろう。
 ちなみに言ったのが万が一にも、マーミルであったとしよう。俺は妹が自分のうかつさとはしたなさに気付くまで、部屋から出さないと誓う!
 だが相手は初対面の、しかもか弱い女性たちだ。

「その気持ちだけいただいて――いや」
 にっこり笑ってすませようと思ったが、途中で気が変わった。
 三人は成人間もない若さに見える。それで、今後の彼女たちの貞節のことも思いやって、少しお灸を据えることにしたのだった。
 一人の腕を引き、膝の上に座らせる。

「きゃあ」
「いいだろう。なら言葉通り、今ここでお仕えいただこうか?」
「閣下、そ、そんな……」

 選んだ娘は顔を真っ赤にして、伏し目がちにうつむく。
 非常にいい反応だ。むしろ女性はみんなこうであって欲しい、と思うのは、俺のわがままだろうか。
 これで止めてもよかったが、相手の反応に嗜虐心をそそられた。その細い顎を掴んで、顔を引き寄せる。
 残りの二人が、息をのんだのがわかった。

「いつでも覚悟はできている、といったのはそっちだろう」
「そ、そうですけど、で、でも、こんなところで……」
 初々しいね! 魔族といえども、若いとやっぱりまだ初々しさが残ってるよね!
 同年代だろうというのに、どこかの髭の娘とは大違いだね!
 だがこれ以上いじめるのは、さすがに可哀相だな。俺もやりすぎてしまいそうだ。
 彼女の顎から手を降ろし、顔を離した。

「ああ、悪かった。冗談だ」
「じょう……だん」
「だが、うかつなことを言うと、こんな目に合うということがよくわかっただろう? 今後はもう少し、発言は考えてするんだな」
 俺、偉そう!!
 でも魔族にだってもう少し、慎ましやかな女性が増えてもいいと思うんだ。っていうか、増えて欲しいんだ!!

「……どうした?」
 膝の上に座った女性は、未だ照れた様子なのに、なぜか一向に立ち上がろうとしない。こういう時って、そそくさと立ち去ってくれそうなものだと思うんだけど――まさか、逆効果でやる気になった、とかじゃないよね!?
 それとも、さすがに悪ふざけがすぎて怒らせてしまったか。

「あの、閣下、申し訳ありません……」
 彼女は少し、涙目で俺を見つめてきた。
「その……腰が、抜けてしまって」
 えっ。
「ああ、そうか……なんていうか、その……すまなかった」
 彼女を椅子に降ろし、自分が立ち上がる。

「医療班を呼ぶか?」
「いえ、そこまでは――」
「ならしばらくここで休んでいくといい。悪いな。友達をみてやってくれ」
「は、はい」
 罪悪感を感じつつ、残りの二人に彼女の世話をまかせると、俺はその部屋から抜け出した。

 しまった。色々ちょっとたまってて、やりすぎてしまったようだ。
 俺のバカ!!
 でもいくら若いとはいえ、まさか魔族の娘がそこまでウブだとは、思ってもみなかったんだ。
 っていうか……考えようによっては、これは本当に……あれ?
 もしかして、俺はよけいなことをして、自分で自分のチャンスを握りつぶしたのではないだろうか。
 あれ?

 廊下に出て、扉の影から部屋に残してきた三人をこっそり見てみる。
 こうして改めて見てみると、三人ともやや素朴で、軽薄な雰囲気は全くない。
 そりゃあそうだな。そもそも下位の者は上位の者に比べれば、誤差範囲とはいえ遠慮がちな者も多い。彼女たちだってコンテストの発表があった直後だから、がんばって勇気を振り絞ってみたのかもしれない。
 ……しまったな。

「閣下」
 罪悪感にさいなまれている最中に、凍えるような声音を浴びせられた。
 確認までもなく、誰であるかは声でわかる。当然、無視する訳にはいかない相手だ。
「お話しがあるのですが、よろしいでしょうか」
「ああ、もちろんだ。どうした?」
 彼女から話し、というのだから、仕事の件に決まっている。
 俺は頭の中を素早く切り替える。

 そうして表情をできる限り引き締め、振り返ったのだが。
 なぜかそこには、葵色の瞳に静かな怒りをたたえたジブライールさんが、青ざめた表情で立っていたのだった。

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