古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第九章 大公位争奪戦編】

125.あとはゆっくり、観戦席に紛れましょう



 結界を張って特別に用意されたその席を、家族が利用できるのは、身内の大公が対戦するその戦いの間のみに限られる。
 今は俺とウィストベルの対戦が終わったので、マーミルは家族席を出なければならないというわけだ。
 だからということもないが、俺は戦いの終わった後、まっすぐ妹の元へ向かった。

「お兄さま! ご無事でよかった!」
 妹が涙目になりながら、抱きついてくる。
 あきらかに俺の圧倒的勝利で終わったはずだが、さすがにたった一人の兄の戦いとあっては、平静ではいられなかったのかもしれない。

「閣下、お見事でございました」
 対照的に、興奮したように頬を赤らめ、きらきらと輝く琥珀色の瞳をまっすぐ向けてくるのはケルヴィスだ。
「いやーよかったっす、閣下が無事で。っていうか、無事すぎないですか? 相手も大公閣下だってのに、あんなあっさり勝たれちゃ俺の付け入るスキが……いや、なんでもありません」
 ヤティーンは軽い。軽すぎないか?
 だいたい、付け入る隙ってなんだよ!
 そういえばこの雀は、リスとはまた違った意味で俺を狙っている感じだったっけ。
 人選を誤ったかな? 護衛については一考するか。

「午後からはプートとアリネーゼの対戦だが、どうする? 帰るか、それとも」
「見ていきます!」
 お前には聞いてない、雀。今回もマーミルの護衛なんだから、妹が帰ると言えばお前も帰るのだ。
「お兄さまが一緒にいてくださるなら、私もぜひ今後の参考に見ていきたいですわ」
 マーミル……そんなちらちらと、ケルヴィスを見たりして……。
「そうだな……」

 俺は魔王・大公席を振り返った。
 今は第一戦目があっさり終わったとあって、誰もその席には残っていないが、あそこに他の大公たちと……もとい、ちょっと苛ついている魔王様の近くに座るのは勘弁願いたい。
 かといって、プートとアリネーゼの戦いを見ないという選択肢もない。
 そしていずれは爵位をと望んでいる妹にだって、なるべく戦いの場面は多くみせておいてやりたい。
 と、なると。

「いいだろう。では、最後までいて、俺と一緒に帰るか。だがその前に、腹ごしらえをしておくとしよう」
 俺は妹に手を伸ばした。だが……。
 ちょっと待て。もう一度言う。
 俺は妹を抱き上げようと、手を伸ばした。いつもやるように。
 でも……ちょっと聞いて。あろうことか、マーミルは拒否の姿勢を示してきたのだ!
 そんなバカな! いつもなら俺が嫌がってもくっついてくるくせに!?
 さっきだって、抱きついてきたじゃないか!
 これはいよいよ、反抗期、というやつか……。

「え、じゃあ、俺はお役御免ってことでいいですか?」
「……シーナリーゼたちはどうする?」
 俺はヤティーンを無視して、姉妹たちに声をかける。
「私たち、帰城いたしますわ。ジャーイル閣下がご無事であれば、それで十分ですもの」
 三人は顔を見合わせて頷いている。

「ならヤティーン、三人を送ってやってくれ」
「えー。俺もこの後の戦いを見たいっすよー」
「そういわず、お願いしますわ、ヤティーン様」
「仕方ねぇなぁ」
 俺の命令には不服声をあげておきながら、シーナリーゼに微笑まれたとたんに鼻の下を伸ばすって、どういうことだヤティーンめ!

「では、閣下。僕もこれで失礼します」
 ケルヴィス……その格好で僕っていうのはよさないか? 僕っ娘に見えてしまうぞ。
 とにかく今日のことは特別だ、と伝えておかないと。今後もまた、その格好をしてさえくれば家族席に座れると思われたのでは、具合が悪い。

「ケルヴィス、今回のことは……」
「今回は無理を言って、こんな大切な席にまでずかずかとお邪魔してしまい、申し訳ありませんでした」
 少年が深々と頭を下げたおかげで、俺は出鼻をくじかれる。
「ですが僕が女装をすることで、家族席に部外者が入る違和感を少しでもなくそうとしてくださった閣下のお気遣い……身に染みました」
 え、ちょっと待って。まさか俺が女装をすすめたことになってるのか?
 やめろ、また変な噂がたったらどうするんだ!

「その上……剣まであんな風に、ご使用いただけて……光栄の至りです。今回のことは……本当に……」
 少年は感極まったように言葉をつまらせている。
「こうして閣下の戦いを、間近で拝見できたことは……僕にとっては何より得難い、幸せな経験でした。この記憶を励みに、成人までのあと十年、自らを律してまいりたいと思います。そして一刻も早く閣下の良き配下となれるよう、精進いたします!」
 どうやらケルヴィスは、今後も家族席には居座るつもりもなく、女装をするのもこの一度きりと決めているようだ。
 さすがにこんな状態の相手に苦言を浴びせるほど、俺は辛辣でも冷たくもない。

 それはそうとしてもこの少年、大丈夫だろうか。ちょっと思いこみが激しすぎるのではないだろうか。
 精進するのはかまわないが、もうちょっと気を抜いた方がよいのではないだろうか。
 いっそヤティーンの弟子にでもなったらどうだろう。

「お兄さま」
 妹が袖をつんつん引っ張ってくる。瞳に相当な期待の色を込めて。
 ……わからないフリをしてやろうかな。
「ケルヴィス……もし、もしも、だ。無理にとは言わない。無理にとはな……。だが、もし、そう急く用事がなければ、この後も俺たちと一緒に観戦していったらどうだ?」
 結局、俺は折れた。

「よ……よろしいのですか?」
「どうせ大公席でなく、一般観戦席に混ざるんだ。隣に誰が座ろうが、かまわん」
「ありがとうございます!」
「ただ、少し早めに席をとっておいてくれたら、助かりはするな」
「もちろんです!」
 席云々は、さすがに昼食まではご一緒しないぞ、という俺の固い意志の表れだ。
 だが純真無垢な瞳と、嬉しそうに弾む返答に、少し心が痛んだ。

「あと、一つだけ条件がある。その女装を解いて――」
「いますぐに着替えて参ります!」
 ケルヴィスは見本のように切れのある敬礼を披露すると、スカートをまくしあげ、ものすごい勢いで去っていった。
 本当に大丈夫か、あの少年。ちゃんと普通の魔族に育つのかな……。

 それはさておき、初日の第二戦目はプートとアリネーゼの対戦だ。
 第一戦が午前に始まり、二戦目は午後からと、一応は大ざっぱに時間が決まっている。よほど戦いが長引かねば、ふつうは昼食を取ってゆっくり休むくらいの時間はもうけられているのだ。
 家族席の入れ替えもその間に行われるし、万が一戦いが終わった後の会場に支障があれば、その間に改善されることにもなっている。
 今回の初戦はあっさりと終わったが、俺が最後にすべてを凍らせた部分はそのままだ。つまり竜巻や雷を閉じこめた氷柱が残っている状態だった。
 それを均す必要はあるだろう。

 だが俺自身については、今回ばかりは大祭主であるからといって、特別果たさなければならない役割はない。
 そんなわけで俺は妹と対戦場からも離れた平原のただ中で、侍従たちが用意してくれた食卓について、ゆっくりと昼食を楽しんだのだった。
 そうして観戦席に戻ってみると、ちゃんと少年に見えるよう着替えたケルヴィスが、俺の言いつけ通り三人分の席を確保してくれているではないか。

「楽しみです。大公位一位のプート閣下と三位のアリネーゼ閣下の戦い。さぞ、迫力のある戦いになるのでしょうね!」
 目下、ケルヴィスは俺の右隣で瞳を輝かせている。我が妹はといえば、その向こうではなく、俺の左隣を占めていた。
 この並びを決めたのは、マーミルだ。
 てっきりケルヴィスの横に座りたがるかと思ったのだが、そうは主張してこなかった。むしろ……ああ、むしろ、俺を見るふりをして、その実ケルヴィスを見ているようなのがなんとも……。

「閣下はどちらが勝利なさると思います?」
 この繊細な兄の気持ちなぞ、わかるはずもないケルヴィスは、無邪気に話しかけてくる。
 いいや、俺もいちいち、胃の痛くなるようなことは考えまい。
 だいいちマーミルにとっては可哀想なほど、ケルヴィスは妹の想いに全く気づいていないようなのだから。鈍いって、ある意味罪だな。

「そうだな……」
 俺に言わせれば、プートとアリネーゼの勝敗のゆくえについては、疑うところがない。
 序列で見ると二人にはそれほど差がなさそうに思えるが、実際の実力差はおそらく一般の予想するより遙かに隔たりが大きい。
 二位のベイルフォウスと一位のプートでさえ、明らかな差が認められるのだ。それより断然劣るアリネーゼでは、プートを相手に善戦することさえ難しいだろう。

「君はどうみる?」
「僕は、プート閣下が勝利されると思います」
 質問に質問で返したというのに、ケルヴィスは嬉しそうだ。しかも返答には迷いがない。
「マーミルは?」
「わ、私もそう思いますわ! だってプート大公は、とってもお強そうですもの!」
 確かにな!
 あの筋肉獅子を見て、弱そうと表現する者はいないだろう。

「それで、お兄さまはどう予想いたしますの?」
「ああ、俺も異論はない」
 大公席では間違ってもこんなことはいえないが、俺とウィストベルの時以上にあっけなく、勝敗は決するだろう。

 当の二人はすでに準備万端という風に、旧魔王城の跡地で対峙している。
 てっきり氷柱は砕かれ均されるかと思ったのだが、そのまま残されている。おそらくプートかアリネーゼのどちらかが、そう望んだためだろう。
 ……いいや、どちらの希望かは、すぐにわかった。
 ベイルフォウスが開始を宣言するや、プートがすさまじい魔力を放出したのだ。この俺ですら、一瞬しか把握できない速さで術式を展開し、業火をもってすべての氷柱を灰燼と帰したのである。

 つまりプートは、俺の残した広大な魔力の痕を瞬時に砕くことで、自分の実力を派手に見せつけたわけだ。
 そればかりではない。
 その業火が砕いたのは、俺の氷柱だけではなかった。アリネーゼの全身をも、覆い尽くしたのである。
 そう。その一瞬で、勝負さえ決したのだった。
 残ったのは一言の悲鳴すらあげられずに倒れる、アリネーゼの焼け焦げた姿。

「これほど容赦がないとはな」
 奪爵をかけての戦いならわかる。俺だって実際にウィストベルのところのなんたら公爵を、同じような目に遭わせたことがあるのだから。
 だが、大公の中での序列をかけた戦いで、ここまでやるとは――いいや。俺の考えが甘すぎるのか。

「勝者、プート!」
 心なしかベイルフォウスの声にも苦々しさが混じって聞こえるではないか。
 結果を叫ぶタイミングが遅れたように感じたのは呆然としていたためか、それともその名を呼ぶのに躊躇を感じたためか。
 ……後者かもしれないな。あの凶悪な表情を見れば。

 第一戦の時と大きく違ったのは、観衆の反応だ。俺たちの戦いの決着後は、興奮に満ちた喜びの歓声が多かった。だが今回は違う。
 落胆や悲鳴のような声が多い。だがそれも少し抑えめに聞こえるのは、プートの発する威圧感に押されてのことか。
 始まる前には期待に瞳を輝かせていたケルヴィスも、今は硬い表情でじっと押し黙っている。
 マーミルなんか、俺の服を掴む手が小刻みに震えているではないか。

「では、第一日目の戦いは、これで終了する。これより後は、今回不戦の三名に対しての挑戦を受け付ける。この機会に大公位を奪わんという志を持つ者はいるか?」
 その問いかけに、会場は沸くどころかシンと静まりかえってしまった。

 今俺たちの目前では、医療班によって運び出されようとするアリネーゼの姿が見せつけられている。プートに挑戦する訳ではないとはいえ、大公一位の強さをこうもまざまざと見せつけられた後では、さすがに奮い立つ者もいないらしい。
 圧倒的な強者の実力を前に、魔族といえど恐怖を感じずにはいられないのだろう。俺が普段のウィストベルを前にすると、ひゅんひゅんなるのと同じだ。

「どうした。まさか気後れしたんじゃないだろうな? 世界の支配者たる魔族の一員が? 誰か、覇気のある者はいないのか? 俺が相手をしてやる」
 よほど苛立ったのだろう。ベイルフォウスが挑戦的に言い放つ。
 だがそれに応える声は、やはりない。
 ……ちょっと待て、なんでこっち見てくるんだ。

「ジャーイル、ちょっとつき合え」
 バカなのかな、こいつ。
 知ってたけど、バカなのかな、こいつ。
 なんで俺を誘うんだよ?
「冗談はよせ、ベイルフォウス。俺はさっき、戦ったばかりだぞ? 一日に二人の大公を相手にする余力はない」
「ちょっと遊ぶだけだ」
 そんな好戦的な目をして、何をいうかベイルフォウスめ。
 プートがかつて、俺と彼の副司令官の戦いを見て血をたぎらせたように、ベイルフォウスも興奮しているのだろう。それがわかるからといって、俺がその相手をしなければならない道理はない。

「それですむわけがあるか。だいたい、俺たちの対戦は十日目に用意されてるだろうが」
「そうよ、ベイルフォウス様! お兄さまを巻き込まないで」
 マーミルが青ざめた顔で、がっしりと俺の腕にしがみついてくる。
 その様子を見て、ベイルフォウスは頬をぴくりとひきつらせた。

「もちろん、冗談だ」
 ベイルフォウスはこちらに背を向け、右手を軽く挙げる。
「大公への挑戦者がいないようであれば、初日の大公位争奪戦を終える。明日はこの俺、ベイルフォウスとサーリスヴォルフ、それからウィストベルとデイセントローズの戦いが予定されている。せいぜい、血をたぎらせて待つがいい」
 そうして大公位争奪戦の第一日目は、静かに渦巻く熱気と興奮をはらんだまま、終了したのだった。

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