古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第九章 大公位争奪戦編】

131.宣言あったうえなので、ちゃんと心構えはできているのです



 六日目の一戦目は二七戦――つまり片方がベイルフォウスなために、再び俺が審判を務めることになった。
 相変わらずベイルフォウスは男相手に容赦がなく、デイセントローズは今戦も死に目にあい、その母親は……。

 息子の危機に、ペリーシャは再び家族席を飛び出そうとした。ベイルフォウスのように接触して止める気には、とてもじゃないがなれなかった俺は、家族席の前に厚い氷を造形して進路を塞ぐことで、その暴走を止めるのに成功したのだ。
 土壁だったら視界を遮られるからと、気をつかって氷にしたのだから、そこは評価してほしい。

 続く二戦目は、四五戦。
 今度もまた十分の一に力を落としたウィストベルは、ベイルフォウスのように時間はかけず、あっさりとサーリスヴォルフをその地に沈めた。
 おかげで見ていればわかるらしい彼の特殊能力とやらについては、またも分からず仕舞いだ。

 それよりも身近な問題は、アリネーゼの俺に対する態度だった。
 もちろん元からかなり距離を置いたつきあいではあったが、それが彼女自身との戦いの後には怒りにとって代わったようだ。手加減せずにやると決めた結果なのだから仕方ないとはいえ、平穏が少し遠のいたように感じて、ちょっと複雑な気持ちになった。
 ともかく六日目は、こうして終わ――るかと思ったのだが、実はそうはいかなかった。
 ベイルフォウスが今日の挑戦者を問うたその時、名乗りを挙げる者が現れたからだ。

「ぜひ、ジャーイル大公に挑戦いたしたい」

 アリネーゼ配下のシマウマ副司令官――コルテシムスが、かねての宣言通りに俺に挑戦してきたのだった。

 ***

「本来の大公位に対する――いいや、爵位に対する挑戦は、魔武具の使用を禁止していない。故に、大公位の奪爵をもくろむ戦いの場だけは、双方にその使用を許可するものである」
 ベイルフォウスが大公席を立って、大公位奪爵の趣旨を述べる。
 そうなのだ。
 大公位争奪戦の、大公同士の序列をかけての戦いには魔武具が禁止されたのに、その地位に対しての下位からの挑戦にあたっては、禁止条項は撤廃されるのだ。
 つまり俺は愛剣レイブレイズを使用してもよいし、相手のコルテシムスも何を使ってもいいということだった。

 今、魔王様をはじめ、大公席には治療を受けているデイセントローズを除く、すべての大公がそろっている。
 下位からの奪爵戦に審判は不在のため、俺とコルテシムスの戦いを、ベイルフォウスも着席して観戦するのだ。
 そんな彼らの見守る中、相手が出してきたのがニングと呼ばれる種類の武器である。
 全長二メートルのその先に、刺突用の穂先と細かいトゲの生えた鉄球がついており、それに続く刃先は鎌のように大きく半円形に湾曲し、対象物をその内に捉えて切断する、という数ある武器の中でも扱いの面倒な一品だ。
 しかも――

「まさかそれは竜伐か」
「よくご存じで」

 となるとそれはただのニングではない。
 その切れ味で竜の脚を何本も落としたという逸話の存在する、竜伐シェアミットと名の付いた魔武具だった。
 また、面倒くさいものを出してきたな……。

「この戦いを、結果はどうあれ、我が主アリネーゼ大公閣下に捧げます」
 コルテシムスはアリネーゼに向かって片膝をつくと、シェアミットを掲げもって恭しく一礼する。
 デヴィル族の女王は、それを高慢に満ちた頷きで受け入れた。
 それからコルテシムスは俺の方に向き直ると、重そうなその武具を軽々と片手で振り回してみせる。

「準備万端、整ってございます」
「俺もかまわない」
 こちらも剣を抜く。
 だが今日佩しているのは、レイブレイズではない。武具展に展示している魔剣のうちの一つ、魔剣ロギダームだ。
 コルテシムスがいつか挑戦してくるのはわかっていた。それを迎えるために選んだ一本だった。

 なぜレイブレイズでないのか? 答えは簡単だ。
 あれは強力すぎる。

 催しの一つではなく、本気で大公の一人とやりあう状況にでもなれば、俺だって当然あの剣に頼るに決まっている。そうでなくとも常日頃の奪爵なら、自然レイブレイズで相手をすることになるだろう。普段の俺はいつだって、あの剣を佩びているのだし。
 だが相手は相当の格下とわかっている状態で持ち出すには、あまりにもその能力が大きすぎる。
 しかもコルテシムスはけじめのために、敗北を覚悟の上で挑戦してきている。それなりに、相手をしてやりたいではないか。

 だいいち、魔剣ロギダームだって相当な剣には違いない。
 なにせほら、聞くがいい。鞘から抜いた途端に現れた剣身からは、たちまち歌声が流れ出したではないか――だみ声……の……。

『詠えや詠え~ロギダーム様のお出ましだ~俺様ちょーカッコいい~! カッコよすぎてしびれちゃう~』
 しまった……どうやら選ぶ剣を間違えたようだ。これ、ただのしゃべるうるさい剣だ。
『世の中の女はみんな俺のもの~俺の雄々しい<ピー>で<ピー>を<ピー>してやんよ~』
 マーミルが中継で見ているだろうに、なんてことをいいやがる、この剣め!
 俺は怒りを覚えつつ、すぐさま剣を鞘に収めた。

「ふざけてるんですかっ!」
 疾風怒濤の速さでシェアミットが振るわれる。
 飛びすさって避けながら、その半円形の中に腰の剣を放り込もうかとも考えたが、ぐっとこらえてみせた。
 剣が悪いのではない。ちゃんと確認せず選んだ俺が悪いのだ。
 もっとも。

「ユリアーナ、今の、<ピー>」
「マーミル様! 子女がそんなお言葉を口にしてはいけません!」
「じゃあ、さっきの言葉はどういう意味ですの?」
「え、いえ……その……あの……」
 マーミルとユリアーナによって、そんな会話が交わされていたことを知っていたら、俺は迷わずその剣をシェアミットに捧げたことだろう。
 だが剣にとっては幸いなことに、遠い自領の我が城で交わされる言葉が、対戦場まで届くはずもないのだ。

「魔獣招来!」
 コルテシムスは続いて召喚魔術を発動する。
 大岩をも砕く、一メートルにも及ぶ牙を持つ四足歩行の岩狼獣が、五十頭現れた。
「へえ」

 召喚の技を使う魔族はほとんどいない。だがその理由は、召喚のための術式が難しいからではない。
 なにせ魔族と言えば、そのほとんどは自分の力を信じ頼る脳筋ばかり。だからそもそも、他の強力な者を招いて味方とするという考えがない。
 そんな訳で召喚魔術の使い手どころか、そんな魔術が存在することを知る者すらほとんどいないありさまだった。
 それに所詮、魔獣など召喚したところで、大した戦力とはなりえない。無爵者が五十人いても役に立たないのと同じだ。
 だが珍しいには違いない。それで思わず感嘆が漏れた。

「強力な武器とはならなくとも、気を散らすことはできる!」
 岩狼獣に一斉に襲わせて、その間に強力な魔術を構築し、俺の隙を見て発動させる。
 それが彼の作戦のようだ。

 確かに数を頼りに次々と襲ってくる魔獣の牙を避けるのは面倒だ。
 本来なら高位魔族を相手に、魔獣たちが襲いかかってくるようなことはない。本能で強者を悟るためだ。
 だが召喚された獣たちは、何より召喚主の意志に第一に従うように術で縛られている。
 魔術で一気に殲滅させてもよかったが、あいにくとこの種は魔力耐性が高い。それが五十頭もいるとなると、常よりその完遂には時間がかかるだろう。となると、剣を抜いて応じるしかないが、あいにくと今俺の手元にある剣は――
 いや、せっかく目の前でいい例を示してもらったじゃないか。

「魔剣招来!」
 普段なら絶対に、俺が技名だとか効果だとかを叫ぶことはない。だが今回は同じように叫ぶことで、参考にさせてもらったという事実を認め、敬意の表れとすることにしたのだ。
 一斉に襲いかかってくる岩狼獣。はじめに届いた十頭の牙を避ける間に、天に掲げた俺の手には一本の魔剣が握られていた。

 ロギダームと同じく武具展にその身を飾る、<死をもたらす幸い>である。
 俺は白い鞘から剣を抜いたが、今度は歌声は聞こえてこない。
 その代わりといってはなんだ。刃にびっしりと滴った露が、あっという間に剣の半径百メートルに及ぶ一面を、霧の中に招き入れた。

 たちまちあちこちで、獣の悲鳴があがる。
 <死をもたらす幸い>の刀身から放たれた霧には、いくつもの小さな泡が混じっている。それが固体に触れるたびに弾けるのだ。その爆発は派手だが、実は殺傷能力はそれほど高くもない。
 だが爆発がもたらすものはかすり傷だけではなかった。毒の入った粉末が、傷口を侵し身体を痺れさせるという効力をもっている。
 岩狼獣がいくら魔力耐性は高いといっても、さすがに毒への耐性はもっていない。

 俺?
 当然、当たらないように自分の周囲には空気の層を作っている。
 もっともたとえ粉末に侵されたとしても、毒など効きはしないがな。
 だが肌の上で爆発が起これば、やはり煩わしいし、たとえ一瞬であってもそちらに気をとられる。そうとわかって自爆するような労力の無駄は、省くにきまっている。
 だが今回はその行動が、裏目に出たらしい。

 霧を裂いて、シェアミットの刃が現れる。
 爆音のしない場所に俺がいると踏んでのことだろう。その狙いは定かだ。
 <死をもたらす幸い>で防いだが、シェアミットは正確に俺の腹の位置を捉えていたのだから。
 遅れて爆発が、あちこちで起こる。
 その武器の振られる速度に、泡の反応が追いついていないのだった。

「いいところにきてくれた」
 半円形の刃に剣を滑らせ、鉄球に絡める。
 そうしてやると、コルテシムスは俺の剣を折ろうと力を入れたが、すぐに無理を悟ってシェアミットを引いた。乗ってくれれば逆にこちらが奴の武器を奪取できたろうから、その素早い判断は誉めてもいい。
 この難しい武器を選ぶだけあって、彼は力だけに頼る脳筋バカでもないようだった。

 コルテシムスがシェアミットで空中を薙ぐ。
 一気に残った泡が弾け、風圧で霧が晴れた。
 案の定、地上には身を痙攣させる五十頭の岩狼獣の体躯が山と横たわっている。
 そこへすかさずの八十五式。
 大地が回転しつつ盛り上がり、先端を尖らせて襲いかかってくる。数体の魔獣が巻き込まれ、絶命の叫びをあげた。

 それを防御魔術で防ぎつつ、コルテシムスが展開していく術式を解除していく。
 今までの大公位争奪戦ではこの手は使わずに、力同士のぶつかり合いで雌雄を決するよう心がけてきた。だがこの戦いは、いわゆる正式な奪爵戦だ。選ぶ手を制限する必要はないだろう。
 その一方で、召喚された魔獣を別の場所に転移させる。
 どこからやってきたのだか分からないから場所は適当だが、この場に動けもせずとどまって巻き込まれるよりはいいに違いない。

 <死をもたらす幸い>からは相変わらず露は滲みでているが、もう霧は生じない。一度使って失敗した手を、継続する気はないという俺の意志を、剣がくんだ結果だろう。
 魔剣もまた魔獣と同様、強者の意志には諾々と従うのだ。

「さすがです。ですがっ、今度はっ」
 よりいっそうコルテシムスが竜伐を握る手に力を込めると、その魔力が刀身を覆っていく。
 これはベイルフォウスの使った即席魔剣の術とは違う。魔族が全力をもって魔剣をふるうとき、その剣の魔力と混じり合って能力や強度が強化されることは、よくある現象だった。

 鎌のように振られたシェアミットをまたも<死をもたらす幸い>で受け止める。だが俺の手にある剣は、今度はその強撃を受けきれなかった。刃の交わったその箇所でぱっきりと、二つに折れたのである。
「やってくれるじゃないか」
 素直に感嘆が漏れた。
 この強度こそが、竜伐の竜伐たる所以だろう。
 次の斬撃を防壁魔術で弾く。魔族が魔剣であろうとあまり武器を重視しない理由の一端が、ここにある。
 その者の強さと魔武具の強度や能力にもよりはするが、たいていの者は自分の魔力を使用した方が、魔道具なんぞ使うより遙かに強力な攻撃を発動できるからだ。

 だいたい、ここまで相手をすればもう十分だろう。
 アリネーゼの件で遺恨を晴らしたいだろうコルテシムスには不本意だろうが、俺もずいぶん楽しませてもらった。
「ネズミと戦った時の百式でもって、その心意気に報いよう」
 俺は天空に一匹の獣を描き出した。いつものお気に入りの、造獣魔術だ。
 右手に氷を生じさせ、左手からは雷を放ち、鋭い牙ののぞくその口からは、大地を干上がらせる炎を吐く。尾は魔族をもしびれさせる毒を持ち、後ろ脚の一蹴りで竜の骨をも砕く大猫だ。
 コルテシムスは繰り出す度に魔術を無効化されると悟って、その猫への対応をシェアミット一本に絞ったようだった。
 だが大猫の脚の二蹴りで、魔武具は粉々に砕け散る。

「まさかっ」
 牙を縫って口から吐かれた炎を、コルテシムスはすんでのところで展開した防御魔術で防いだが、それで精一杯のようだった。背後から音もなく現れた尾の刺突を、避けきれなかったのである。
 持ち上げられ、捨てられたように大地に叩きつけられるコルテシムスの身体。
 痙攣を起こしたその身体を最後に容赦なく踏みつけ、猫は勝利の雄叫びをあげた後、煙のように姿を消した。
 それで幕切れだった。

「む……無念、です……」
 自分でも覚悟していたとはいえ、そう呻かずにはいられなかったのだろう。
 コルテシムスはその双眸から血の涙を流しながら、意識を失った。

「勝負あったな」
 ベイルフォウスが大公席を立ち上がる。
 その隣で、アリネーゼが歯ぎしりする様子が見て取れた。
「公爵コルテシムスの奪爵は、失敗に終わった。だが一戦終えた今のジャーイルが相手なら、少しは勝率があがるかもしれんぞ。コルテシムスの勇姿に続かんとする者はいるか?」
 黙れ、ベイルフォウス。脳筋どもを無駄にあおるな。

 だが結局、その挑発に乗る者はいなかった。
 俺にも他の大公に対しても挑戦を言い出す者はおらず、その日はそれでようやく終了を迎えたのだった。

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