古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第九章 大公位争奪戦編】

132.戦う綺麗なお姉さんたちは、スキですか?



 妹のマーミルは、大公位争奪戦が始まってからというもの、その心中は毎日複雑そうだ。
 戦いが重ねられるほど俺の身が案じられるらしく、日々、心細げに見上げてくる。かと思えば魔族の子女らしく、俺の勝利した様子を嬉しそうに語りもするのだった。
 ケルヴィスとの交友さえも、控えているようだ。もっとも少年は大公位争奪戦を毎日必ず観戦しにきているようなので、対戦場以外では会う機会がないだけかもしれないが。
 とにかく不安な気持ちが多くを占めているようで、城に帰るとやたらベタベタとくっついてくる。それが今晩は、いっそう顕著なようだった。
 今も夕食を終えた談話室で、随分甘えた様子で膝の上に座りにくる。
 まあ気持ちはわからなくもない。明日、俺が誰と戦うのかを考えれば――

「ねえ、お兄さま……」
「うん?」
「プート大公は、お兄さまより強いんですの……?」
 ……さて、なんと答えよう。
 不安でいっぱいの大きな瞳で見つめてくる妹に、真実を余すところなく伝えるべきか。それとも、せめて今日のところは安心させてやるべきか。いいや。

「……強いな」
 どうせ明日には目の前に突きつけられる事実だ。隠していても、仕方あるまい。
「……! プート大公は……お兄さまも、あんな風に……」
 赤い瞳がじわじわと潤みだす。妹の脳裏にあるのは、初日のアリネーゼの姿かもしれない。
「いや、あんな風には……さすがにならないだろ」
 せめてウィストベルくらい善戦すると、思っておいて欲しい。彼女があの魔力であそこまでやったんだ。
 もっともあのときはプートも全力とは言い難かった。それにプートに対して、俺がウィストベルほどの殺気を出すというのも無理だ。だが、それなりに戦う姿をみせねば、男が廃ると言うものだろう。

「そこまで心配しないでも、お兄さまも……まあ、強い。そこそこな。一方的にやられるだけの結果にはならないさ」
「……この間」
 妹はうつむき、小さな手で俺の服の裾をぎゅっと掴んだ。
「デイセントローズ大公が死んでしまったかと思いましたわ……」
 ウィストベルとの対戦のことを言っているのだろう。あのときはマーミルに限らず、奴の能力を知らない者は皆、その死を覚悟しただろうから。

「少なくとも大公同士の戦いでは、誰一人として命までは落とさないさ」
 大祭が終わった後に改めて戦いを挑み、挑まれたりでもすれば、その時には生死をかける大公戦になるだろうが、今回に限っては一人として命まで懸けてはいない。
 もっとも後まで残る傷を負わないかどうかまでは、分かったもんじゃない。なにせ魔族の医療班がどれだけ優秀だとしても、治らない傷や症状というのはどうしてもあるものなのだ。
 ……いや、俺のアソコは大丈夫だ。心配はいらない。

 ともかく気休めの言葉でも、少しは妹の気分を変えられたようだ。
「大公位争奪戦を提案したのは、ベイルフォウス様なのでしょう?」
「ああ」
「今度会ったら、あっかんべーしても……いい?」
 思わず苦笑が浮かんだ。
「ああ、許そう」
 まさか許可されるとは思っていなかったのか、マーミルは顔をあげると別の期待に満ちた目を向けてくる。
「じゃあ、今日は一緒に寝てくれる?」
「遠慮しておく」
「即答!」
 妹は大げさに叫んで、自分の頭を両手で覆ったのだった。 

 ***

 そうこうしているうちに夜は更け、七日目の朝がやってきた。
 今日の俺の戦いは、午後だ。妹はその時間に間に合うようにやってくればいいと思っていたのだが、本人がそうは思わなかったらしい。ネネネセともども、早朝に出る俺に同行したのだった。

 正直をいうと、今から始まる戦いはできれば妹に見せたくはなかった。なぜなら第一戦目は三四戦――つまり、アリネーゼとウィストベルとの女の戦いなのだから。
 いや、別にいいんだよ。二人だって大公どうしだ。今までの他の戦いと、何ら意味合いが変わるところはない。
 ただいつもの口げんかを見ているせいで、感情的な言い争いがメインにならないか、ついいらぬ心配をしてしまう。
 だけどまさか大公位争奪戦でまで、あのやりとりを披露するわけはないだろう。
 いくらアリネーゼが全戦全敗であったとして、いくらウィストベルが自慢の美髪を無惨に切られた直後だとして。

「ところでマーミル。もう俺とくっつくのは、やめたんじゃなかったのか? 今日はまるで小さな子どもに逆戻りしたみたいだぞ」
 この間、抱きかかえようとして断られたことは記憶に新しい。というのに、今日はケルヴィスの前でも俺の手を握ったまま離そうとしないのだ。

「だって、もしかしたらお兄さまとこうしていられるのも……」
 え?
 いや、ちょっと待て妹よ。もしかしたらなんだというのだ。なぜ涙目になっている。
 こうしていられるのも何だって?
 まさかお前、今日がお兄さまの命日だとか考えてるわけじゃないだろうな!?
 俺は昨日大丈夫だといったはずだよね? お前も納得したはずだよね?

 とにかくそんなわけで、またも俺は一般観戦席に座っている。
 席順はこの間と全く同じだ。
 ちなみに今回の護衛も前回に引き続き、ジブライールだ。おそらく次はフェオレスで、最後にヤティーンなのだろう。
 まあ、順番などどうでもいい。

「それより、予想をしましょう! 今までの序列的には、アリネーゼ閣下の方が上……大公三位でしたわよね。やっぱり今度の結果も、そうなるのかしら」
「ウィストベル閣下より後に大公になられて、アリネーゼ閣下はその地位にあったわけですから、普通なら今回もその通りの結果になるかと予想されがちですね。けれど今までの戦いの様子をみる限り、ウィストベル閣下がアリネーゼ閣下に下されるとは、とても僕には思えないのですが」
 今日もまた、お子さまたちは俺を挟んで予想を交わしあっている。
 もういいから、隣同士に座ればいいのに。なんだったら俺も、ジブライールに任せて大公席に座るんだった。

「閣下はどちらを応援なさいますか?」
 俺にそう聞いてきたのは、ケルヴィスではなくジブライールだ。
「俺?」
「やはり、同盟者たるウィストベル閣下を応援なさるのでしょうか。それとも……」
「まあ、そうだな……」

 そりゃあウィストベルだろ、とは即答せず会話は立ち消えにした。
 どちらが勝つのかという単純な予想なら、答えてもよかった。十分の一にしても、ウィストベルの方が強いに決まっているのだから。
 だがどちらを「応援」するのか、と問われると、簡単に片方の名をあげるわけにはいかない。

 なにせ、俺たちが交わす言葉を、同行者たちしか聞いていないという訳でもないだろう。周囲を取り囲む同胞の大勢は、いつだってこちらの会話に耳を傾けているのだ。
 そうなると女同士の戦いでどちらに味方しただとか、いちいち噂になるような危険はなるべく避けたいではないか。
 それでなくともこの間のアリネーゼとの戦いの結果で、不本意ながらも俺のやりようはずいぶん非難を浴びている。
 しかしそこは、ウィストベルの髪を切ったプートも同様だがな!
 ……俺の方がより非道いと言われていたとしても……。
 ちなみに、ウィストベルの髪は綺麗に切りそろえられているし、さすがに今日はもう、アリネーゼの角にも包帯は巻かれていない。

 それにほら、すでに眼下ではウィストベルとアリネーゼがやる気をみなぎらせながら対峙している。
 俺の心配などいらぬ世話だったようで、双方の表情にはいつもの感情的な色はない。
 ベイルフォウスの呼びかけに対して、二人の女王は無言で視線を交わしあった後、許可を与えるように高慢に頷いた。

「よし、では始め!」
 ベイルフォウスの声が響き渡る。
 そのとたん、両者の百式と怒声がぶつかりあった。

「あら、あのうっとおしい髪を切ったのね! 残念だわ、陰気でとてもあなたに似合っていたのに!」
「主こそ角は無くしたままにすればよかったのではないか!? 目の間にそんなものが生えていては、邪魔であろうに!」
 ……うん、二人とも。

 口激戦はともかく、今までのアリネーゼの戦いは、ほぼ彼女の一方的な惨敗に終わっている。
 それでも今回は、本来ならケルヴィスの言ったとおり、後で上位にあがったアリネーゼの方が一般的には実力は上であると推測されるはずだ。
 だが、実際の実力も、それから目の前で披露される状況も、それとは違う結果をはじき出そうとしていた。
 ウィストベルもまた、容赦をしなかったのだ。それどころか今までのどの戦いより残虐な笑みを浮かべたまま――

 ウィストベルの放出したカマイタチをアリネーゼの防御魔術がはじき、アリネーゼの放った怒濤のような水流をウィストベルの魔術が消滅させる。
 最初の一手は、互角と見えたことだろう。
 だが、次でその差がはっきりと表れた。

 ウィストベルは俺との初戦の時のように、空中を隙間無く覆う岩石を、地上に向かって一斉に降下させた。
 それだけならアリネーゼだって、俺が避けたようにその攻撃を避けられたことだろう。だがウィストベルは自らも地に残り、剣を手にとってアリネーゼに襲いかかったのだ。
 ベイルフォウスが考え、俺も利用した例の即席魔剣を手に――

 俺ほどの速度はないとはいえ、ウィストベルの殺気のこもった突きは、アリネーゼの右腕をかすめるに至った。
 そこへ、岩石が天から降り注ぐ。
 ウィストベルは瞬時に防御魔術を展開したが、アリネーゼはかすり傷に気をとられたためか、わずかに怪我を負ったようだった。
 その猛攻が終わったとみるや、すかさずウィストベルが再度剣を手に踏み込む。

 だがアリネーゼも大公である。同じ手をそう何度もくらうほど、単純ではない。ふるわれた剣は、今度は彼女の背に生えた鬣のみを切り捨て、その身には届かず終わった。ところが。
「ふん、あなたたちデーモン族は、お互いの魔術ばかりを真似しあってばかり。少しは――」
 アリネーゼは挑発の言葉を吐きかけたが、声に乗せられたのはそこまでだった。

 避けたその先に、次の罠がしかけられていたからである。
 爛れた脚の先にある竜の蹄が、後方のある地点へと着地した瞬間、その魔術は発動した。
「ぎゃああああ!」
 大地からまばゆい光の柱が伸び、そこに踏み込んだアリネーゼの脚を瞬時に消し去る。
 そう、アリネーゼの脚はサーリスヴォルフの腕のように切られたのではない。この世から、消滅させられたのだ。

「む……」
 二つ向こうの席から、プートが驚きの混じった声をあげた。
 おそらく彼も、いつその魔術が仕掛けられたのかを気づかなかったのだろう。俺と同様に。
 もしくはアリネーゼの身を案じてのことか。
 なぜなら今までの対戦のどの結果とも違って、今度の彼女の傷はほとんど修復不可能であるからだ。単なる部位の切断と違い、その攻撃を受けた肉体自体が消滅してしまったためである。
 いかに優秀な医療班が揃っている状態だとしても、無くなったものを出現させるのは不可能に近いだろう。

「ああっ!」
 片足を失い、バランスを欠いたアリネーゼは、とっさに魔術を展開することもできずに地に手をつく。
「まったく、身の爛れた女など、不愉快極まりない。美女として第一の座を譲ったのじゃから、大公としての座もそろそろ他に譲ってやるがよい」
 ウィストベルの魔剣が、再びアリネーゼの残った片足をめがけて振り下ろされる。
 容赦のないその一撃を、しかし止めた者がいた。
 審判者である、ベイルフォウスだ。

「やめろ、ウィストベル。勝負はあったも同然だ」
 ベイルフォウスは刃を手で掴み、ウィストベルの残虐を阻んだ。
「主が止めるのか……」
「俺だから、止める。これはただの大公位をかけた争いではない。兄貴の在位を祝うための戦いだ。これ以上のことは、大祭が終わってから個人的にやれ」
 ウィストベルの殺気のみなぎった視線にも負けず、ベイルフォウスの言葉は力強かった。兄への想いがこもってのことだろう。

「ベイルフォウス! 余計な手出しを! 私はまだっ、まだ負けてはいないっ!」
 だが、異を唱えたのはウィストベルだけではなかった。アリネーゼ自身も殺気のこもった目で二人を睨みつけるや、魔術でその身を高く浮き上がらせたのである。

「無益なことはやめろ、アリネーゼ!」
「どけ、ベイルフォウス! 邪魔をするならお前ごとっ!」
 アリネーゼの背後から、二人の大公を標的に千の矢が放たれた。
 だがそのすべてが、迎え撃つように打ち上がったウィストベルの火の玉によって焼かれ、溶かされる。

「無駄じゃ。主の力では私に及ばぬ」
 ウィストベルがさらに反撃のための魔術を展開した、その時だった。
 すべての時間が、凍り付いたように静止したのである。
 いいや――止まったのは術式の形成だけだ。時間が止まったわけではなかった。
 だが戦う二人が途中で発動を止めたのでもない。どちらも強制的に、止められたのだ。

「そこまでだ。双方退くがよい」
 立ち上がったのは、魔王様だった。
「たかが大祭の一行事で、大公の数を減らすのは本意ではない。だがそなたらがどうしても退かぬというのであれば、以後は予が相手をしよう。二人まとめてな」
 久しぶりにみる、威厳のある魔王様――あ、いや。何でもない。

「ルデルフォウス……陛下……」
 ウィストベルは眉を顰めながらも、その場に膝をついた。そうして、恭しく頭をさげる。
「魔王である御身をはばかろう」
 長かった時と違い、肩の上で切りそろえられた髪は、ウィストベルの憤怒に彩られた表情を隠すのには足りない。

 一方でアリネーゼも大地に降り立ち、葛藤の渦巻く表情を浮かべて応じる。
「血を飲む想いで今回は退きましょう。同じく御身を重んじるが故に」
 ウィストベルを憎悪に満ちた目で睨みつけながら。

 とにもかくにも女同士の戦いは、無理矢理にでも決着をつけられたのだった。

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