古酒の隠れ家

このサイトは古酒の創作活動などをまとめたサイトです
※一部、一次創作同人活動などを含みますので
苦手なかたはご注意ください

魔族大公の平穏な日常

目次に戻る
前話へ 後話へ


【第九章 大公位争奪戦編】

133.たまには息抜きも必要ですよね



 空気が重い。
 午前の戦いが終わって迎えた、マーミルとの食事時間。
 今日はネネネセもいるし、ジブライールもいる。ついでに、ケルヴィスも招待している。
 そんな風に大勢いるというのに、誰一人として明るい声をあげようとしない。
 ジブライールはともかくとして、年頃の女子が三名もいるのだから、もっと姦しくていいはずだと思うし、いつもは実際にそうだ。だというのに今日は全員が口を噤んで、食器の音しかしない。
 先の戦いの結末があれだったせいで、場が沈んでいるのだ。
 なんというか……息苦しくて仕方ない。
 やむを得まい。

「ケルヴィス。うちの料理はどうだ? 口に合うといいんだが」
 少年、責務を果たしたまえ。俺が君をこうして同席させたのは何のためだと思う?
 こういう雰囲気を避けるために、頑張ってもらいたかったからだ!
「あっ、はい、とてもおいしいです!」
 うん?
 どうやら少年は、少女たちとは違う意味で沈黙していたらしい。
 その表情はいつものようにキラキラと輝いており、沈んだところは一つもない。
 ということはそうか。料理がおいしすぎて、無口になっていたのか。
 まあ、そうであっても無理はない。さぞ空腹だったろうから。
 それというのも。

「まさかいつも昼食を抜いているとは思わなかった。知っていたら、前回までも誘うんだったな」
「いえ、そんな……恐れ多いです」
 成人に近いといっても一応は未成年だ。姿を見ないだけで、伯爵家の付き人がいるのかと思っていたのだが、少年はいつも本当に一人で魔王領まできているらしい。
 まあ、今すぐにでも爵位に手が届きそうなケルヴィスのことだ。本人も周囲も、一人で出歩くに不安などないのだろう。竜の操作も手慣れたものだと、ミディリースも言っていたことだし。
 それにしたって弁当でも持たせてもらえばいいのに、何ももたずにやってきて、俺たちが昼食をとっている間には席を確保したまま、午前中の対戦を反芻していたのだとか。
 ちょっと変わった子だ。

「君の父上は伯爵だと言ったな。やっぱり君も、そのくらいを目指しているのか?」
「いえ、まさか」
 ケルヴィスは殊勝な様子で首を左右に振った。
「僕が目指しているのは、子爵です」
「子爵」
 まだまだ伸びしろはありそうなのに、目標はそう高くはないらしい。意外だ。
 もっとも、魔族の大多数は爵位を得ることなどできないのだから、そこに手が届くと思っていると信じて疑わない時点で、謙虚とも言えないのかもしれない。

「あの……お聞きしてもいいですか?」
「なんだ。もちろんかまわない」
 っていうか、どんどん話題をふってこの雰囲気を変えてくれ!
「閣下は成人されてすぐに、男爵位につかれていたとのことですが」
 俺のことか? いいだろう。大好きなお兄さまのことなら、妹も食いついてくるはず。
「それなら、大公位を奪爵されるまで、二百年近くありますよね? どうしてそれまでずっと、男爵位に甘んじていらしたのですか?」
「私もそれは不思議でした。閣下のお力をみた後では、せめて公爵位に登り詰めていらしても……いえ、むしろそうでない方が不自然です」
 ジブライールが同調する。
 まあ二人の疑問はわからないでもない。俺だって力があるくせに高位を望まない魔族なんて、自分を除いて他にいるとは思えない。

「まあ……」
 俺は黙りこくったままの妹に、視線を向けた。
「マーミルの世話で忙しかったから、かな」
「目に浮かぶようです。きっとかいがいしく、お世話なさっていたのでしょうね」

 いや、ジブライールさん。そんな本気にしたりしないでください。
 ああ、そうだとも。白状しよう。
 妹の世話を焼いたことなど、実はほとんどないと言っていい。
 弟の靴下まではかせてたどこぞのお兄ちゃんと違って、つきっきりで世話をした記憶なんて、一片すらない。

 男爵位についてすぐは、まだマーミルは生まれていなかったし、別に生まれたからといっていそいそと世話を焼きに帰ったりもしなかった。
 一緒に暮らすようになったのはたかだかこの二、三十年だし、その間だって今よりずっと家で顔を合わせる機会は多かったが、ことさら相手をしてやった覚えさえない。
 もっとも引き取ってしばらくは、夜の添い寝くらいはしてやっていた。
 なにせ父が奪爵されて亡くなり、母がその後を追った時、妹はまだ俺のことも「にいしゃま」としか呼べないくらい、幼かったからだ。
 しかし、たかが一緒に寝ていただけでは、世話をしていたとは言えんだろう。マーミルだって、そうは思っていまい。

 ならばなぜ、そんな嘘をついた、と?
 決まっている。冗談でも言って、場の空気を変えたかったからだ。当然、マーミル本人からのツッコミがあるだろうと期待してのことだ。
 だというのに、いつまで待っても妹は静かに口を噤んだままだ。こちらの会話などいっさい耳に届いていないかのように、難しい顔で何事かを考え込んでいる。

「私は一人娘なので、閣下のような兄上様がおいでのマーミル様がうらやましいです」
 まずい……ジブライールが本気にしている。このままでは、俺はただの嘘つきになってしまう。ここは冗談に冗談を重ねて、空気を読んでもらうしかない!
「ジブライールと俺が兄妹に、か。まあ、そうなると年齢的には俺が弟になるかな」
 冗談どころか、本気できれいなお姉さんが欲しいんだろう、とかいう下世話なツッコミはやめて欲しい。
「閣下」

 だがジブライールは「信じられない」といいたげに、表情を強ばらせてこちらを見てきた。
「断じてお断りします!」
 ……うん、すみません。
 やはり女性に年のことを持ち出すのは失敗だったようだ。
 それにしたって、なにもそんな泣きそうな顔をして嫌がらなくても……。

「イヤよ、そんなのヒドすぎる!」
 突然、マーミルが食卓を勢いよく叩いて立ち上がる。
 ジブライールに怒られるという失敗はあったが、その甲斐あって、ようやく妹が反応してくれた。しかしいきなりの否定とは。なにが嫌だというのだろう。
 まさかジブライールをお姉さんに、という俺の妄想を、気持ち悪いとか、そういう意味の……ぽろりとこぼした俺の言葉が酷すぎる……じゃあるまいな!?
 だが妹よ。男とはそういうものだ。きっとケルヴィスだって、同意してくれるはず。

「でも、例えそうなっても……お兄さまの片足がもしなくなってしまったとしても、私が杖となって支えますわ!」
 ぐっと拳を握りしめ、目尻をつり上げて、俺に力強く頷いてくれる妹。
「……え?」
 しかし、俺が片足に? って、今の会話についての反応じゃなくて、もしかしてさっきのアリネーゼを俺に、ウィストベルをプートに置き換えての言葉か。

「そんなことを心配して、黙りこくっていたのか」
 まあ、昨晩のように泣き出しそうになるよりは、今みたいに力強い決意表明をしてくれる方が、ずっといいには違いない。なにより魔族の子供らしいではないか。
「まあ、せいぜいそんな迷惑をかけないですむよう、がんばるよ」
 苦笑を浮かべつつ、妹の頭をくしゃりと撫でると、彼女は任せてと言わんばかりに頼もしげに頷き、握った拳で自分の胸を叩いた。

「わ、私もっ」
 ジブライールが妹に続くように、席を立ち上がる。
「私も今までと同様、閣下がどうなられても、誠心誠意お仕えを……いえ、閣下のことですから、もちろんそのようなことはないと信じてはおりますが!」
「あ、うん、ありがとう……」
 今のジブライールの発言は、つまり俺が一時弱体化したとしても、奪爵を企んだりはしないぞ、って誓いだと思ってもいいんだよな? いいよな、な?
 しかしマーミルよりよっぽど物のわかっているジブライールにまで、そんな風に心配されると、俺自身もちょっと不安になってきちゃうじゃないか。

「なら、私たちはジャーイル閣下を支えるマーミルを支えますわ」
 双子が顔を見合わせて、頷きあっている。
「えっと、僕は……」
 いや、ケルヴィス。別に無理矢理参加しなくていいから。
「僕は、閣下の勝利を信じています!」
 えっ。さすがにプートを相手に勝利まで信じられると、それはそれで困るんだけど。

 重苦しい空気で始まった昼食会は、最後にはそんな風に賑やかに締めくくられた。そのおかげで、俺の緊張も程良くほぐれたのだった。

 さて、気合いを入れ直そうか。
 なにせ今から戦う相手は、あのプートだ。大公第一位の地位に、三百年のあいだ君臨する、紛れもない実力者なのだから。
 そう思っていたら。

「おい、ジャーイル」
 対戦場に足を踏み入れる直前、珍しくベイルフォウスから声をかけられた。
 大公位争奪戦が始まって以降、大公同士ではベイルフォウスといえど、あまり交流はしていない。
「俺は審判の間は双方に公平にしなきゃならん。だから先に言っておく」
 改まって、なんだというのだろう。

 ベイルフォウスは蒼銀の瞳に紛う事なき覇気を溢れさせ、俺の肩を叩いた。
「勝てよ」
「……はい?」
「なんだよ、その腑抜けた顔は。覇気が足りねえ。ここは『おう、もちろんだ!』だろ!」
 なにそれ。無茶ぶりしてくるなよ、親友。

「そして俺も、最終日にはもちろんあいつに勝つ。そうなると、前日の俺とお前の勝った方が、大公第一位だ。美男美女コンテスト同様、二人で一位と二位を占めるぞ!」
 我が親友は、いつもは残虐で知られるその名にふさわしく嗜虐で彩られた瞳に、今日は少年のような純粋に輝く光を浮かべて、顔の横でぐっと拳を握りしめた。
 うん……。なに、このノリ。正直、ついていけない。

「だからなんだよ、そのしらけた顔は! そんなことじゃ勝てる勝負も勝てないぞ!」
 そもそも冷静に判断したら、最初から勝てる勝負でもないと思うんだけど。
「まあいい、とにかく勝て。少なくとも、その気でいけ」
 なんだろう、このみなぎる指導員感。
「返事はどうした?」
「あ、はい」
 俺の返事に、ベイルフォウスは眉根を寄せた。

「前から思ってたが、お前のノリの悪さは致命的だぞ」
「いや……」
 そんなこと言われても。むしろこっちからすれば、今日のお前の不自然なノリにツッコミを入れたい。逆に拍子抜けして、入れた気合いがしぼみそうなんだけど。
 まあベイルフォウスには珍しく、プートを相手に俺が緊張しすぎないようにとでも気を使ってくれた結果なのかもしれない。そう好意的に捉えておくことにしよう。空回ってる感が強いが。

「とにかく、結果はどうあれ全力で挑むよ」
「ああ、そうしろ。せいぜいお互い奮闘して、俺に手の内を見せてくれ」
 ベイルフォウスは最後に本音を漏らし、いつもの底意地の悪そうな笑みを浮かべたのだった。

前話へ 後話へ
目次に戻る
小説一覧に戻る
inserted by FC2 system