古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第九章 大公位争奪戦編】

134.筋肉バカな相手とは、できれば戦いたくありません



 心安い時間も終わって、いよいよプートとの対戦だ。
 目の前にはいつものように張り出したゴリラ胸を露出させ、その前で逞しい両腕を組み、魔王立ちする金獅子の姿。その瞳にみなぎっているのは、燃えるような闘志だ。

「では、はじ」
「この日を待ち望んでいたぞ、ジャーイル! 受けるがよい、我が渾身の一撃をっ!」
 開始の声をかき消すほどの大音声をあげながら、突進してくる獅子。
 俺が思わず逃げるようにとびすさってしまったとして、誰に責められようか。
「うぬ、なぜ避ける!」
 なぜって、その鉄の棒で殴打されたら、間違いなく死ぬからだよ!

 なんだよあのトゲの生えた金棒!
 長さが俺の胸のあたりまであるんだけど?
 太さが俺の手でも握りきれないほどあるんだけど!
 持ち手の部分を除いて、びっしりと長くて鋭いトゲが生えてるんだけど!?
 しかもそれを振るうあの腕のごつさをみろ! 
 当たらなかったってのに、音がぐわん、って鳴ったからね!
 離れたのに風圧で、盾にした腕にかすり傷を負ったんだからね!
 しかもプートの野郎、明らかに顔面狙ってきたからね!

「これはそなたに貫禄を付与する為の、いわば我が純然たる好意の表れなのだ! 以前そう申したであろう。大人しく、傷を刻まれるがよい!」
 バカなの、ねえプートっておバカなの?
 その金棒で何本、傷をつけるつもりだよ!
 だいたい、誰が賛成した? 俺の顔に傷を付けるって意見に、俺が一度でも賛同したか!?
 実際にあの攻撃が俺に当たってたとしたら、どうなったと思う?
 傷どころか絶対、脳味噌飛び散るよね!

「いい加減にしろ! それですむ攻撃かっ!」
 俺はケルヴィスの剣を腰から引き抜き、金棒のトゲ部にかすめてその軌道を逸らさせた。
 いくらなんでもあの重量感溢れる鉄の塊とまともに打ち合っては、魔剣でもなくば勝ち目はあるまい。っていうか、折れる未来しか予測できない。
 さすがに他人から借り受けた剣を、〈死をもたらす幸い〉と同じ運命に遭わせるわけにはいかない。と、なれば、対処方法は一つ。魔術で早々に砕いてしまうに限る。
 いくら見た目は持ち主同様ごついとはいえ、所詮、竜伐と違ってただの金棒だ。
 むしろ問題は、そうする隙をプートが与えてくれるかどうか、ということ。

 なにせプートからの攻撃は、殴打だけにはとどまっていないのだ。
 金棒が空振りをしたとみるや、その勢いで次は空を裂く蹴りが放たれる。それを避けたと思ったら、今度は左右から襲いかかる二本の尻尾だ。
 重量感を感じさせる攻撃は、しかし今まで相手にした誰よりも速く、息をつく間も与えてくれない。
 魔術なしの戦いで、これほどの攻撃力を誇るとは、さすが大公位第一位と言わざるを得ないではないか。

「どうしたジャーイルよ! 大公ともあろう者が、そのように避けるだけとは情けない! それでは魔王陛下はおろか、観衆すら楽しめぬぞ! それとも、そなたはこの程度の男なのか!?」
 おい、今日のプートはどうしたんだ。今まで対戦中に、そんなベラベラ相手を挑発したりしなかったろ?
「ウィストベルの方が、よほど手強い相手であったわ。しかるに今のそなたは、情けなくも我が攻撃から逃れる一方!」
 ホントに、プートの奴。なんだって俺を煽ってくる。
 だがどんなに癪に障っても、俺の短気を誘いたのだろうその作戦にはのらんぞ。
「自慢の剣技を披露してはどうだ? それとも」
 ほんっとにグダグダグダグダと! だがその手にはのらん――
「相手が格下でなくば、反撃すらできぬ臆病者であったか」
 ……。その手には――
「あるいは弱者をいたぶるのはよいが、強者には立ち向かう勇気もない軟弱者であるのか。これからは逃げ腰のジャーイルと」

「うるっさいわ!!!」

 迫り来る金棒を剣ではじいて勢いを殺し、すかさず二度目の斬撃で天辺のトゲを絡めて引き下ろす。
「ぬ」
 だがさすがはプート。体勢を金棒に持って行かれる前に、その得物を惜しげもなく手放し、すかさず左の拳を打ち込んでくる。
 いいや。金棒を振るうより、むしろ嬉々として。
 まともに腹にでも食らえば肋骨が折れるだけではすまないだろうその豪腕を、斜め下から蹴り上げて軌道をそらす。だが空を切るはずのそれは、わずかに軌道を違えて俺の握る剣の切っ先をかすめた。
「ちっ!」
 手から離れたケルヴィスの剣は、大きく弧を描いて後方の大地に突き刺さる。

 そのやりとりの一時でもひるまないのが、プートの大公第一位たる所以なのだろう。
 金棒にも劣らぬ脚囲の太股が、息をつく間もなく目の前に迫ってくる。
 上体をそらして避け、降下したついでに地に手をついて足払いをしかける。鋼鉄のごとき感触の足はぐらついたが、それでも空足を踏むにとどまった。
 さらに立ち上がった俺に、体勢を立て直したプートがまたも拳を打ち込んでくる。

「うなれ、剛拳!」
 ちょ……とりあえず、叫ぶの止めない?
 俺は反動を狙って懐に潜り込み、毛むくじゃらの顎を狙う。が、背後に迫り来る気配を感じて、またも地面にしゃがみ込んだ。
 間一髪、蛇とトカゲの尻尾が頭上でぶつかり合う。
 デヴィル族との肉弾戦、特にプートのような筋肉バカが相手ではなおさら、相手の手数が多いだけこちらが不利だと判断した俺は、術式を描く。
 もちろん最初から百式、それも二陣だ。

 金剛の強度を誇る土が、牢となるべくプートに襲いかかる。ついでにそいつで金棒を貫かせ、粉砕してやった。
「そうくるか! だが」
 プートは拳に術式をまとわせ、俺の土牢攻撃を叩き砕いた。確かにそれは魔術による撃破だったのだが、あの肉体と豪腕を目にしたものなら、腕力で解いたと納得しかねない。それだけの説得力が、あの肉体にはある。

「地の魔術は、むしろ我の得意ともするところ! 目して味わうがよい!」
 突如、足下が割れたかと思うと、轟音をたてて左右から二本の柱が立ち上がる。亀裂を避けるために跳びあがった俺を、柔軟さを得た柱がうねり、その先端を五本指の手に変えて襲いかかってきた。
「ばっ」
 指の数本を蹴りで砕く間に降下に転じ、ふと俯瞰すると、遙か眼下にあったはずの亀裂が盛り上がって迫り、今にも俺を飲み込もうとしているではないか。
「噛み砕け!」
「ちょ、まっ」

 土塊傀儡か!
 亀裂に捉えられたとみるや、上下左右から黒い壁が迫ってくる。
 とっさに防御魔術を張ったが、それでも押しつぶされそうなほどの第一波に耐えねばならなかった。あえて第一波、と表現したのは、一旦力がわずかにゆるんだ後、再びの重圧がかかる、ということが数度繰り返されたためだ。
 おそらくここは、土塊でできた傀儡人形の口中――つまり今の俺は、さながら巨大生物に飲み込まれて、咀嚼されるにも似た状況を味わっているのだ。……いや、何かに食べられた経験はないけど。
 それでもただごとではない生理的嫌悪感がこみ上げてくるのは、魔族が捕食者であって、その逆ではないからだろう。

 俺は防御魔術を解き、拳に鋼鉄の魔術をまとわせ、迫り来る土壁を思いの限りぶっ叩いた。他方向からの圧迫を受ける前に百式を追加し、全方位に衝撃波を放ち、内側から食い破るようにして外へ脱出する。
 がらがらと傀儡は音を立てて崩れ落ちるが、かすかに被った頭上の土塊を払う間もなく、造形の再構築が始まる。さらに頭部の復活を待つでもなく、両脇からは無骨な土色の手が伸びてきた。

「いちいち相手にしてられるか!」
 造形魔術には造形魔術だ。
 プートが土魔術が得意だというなら、俺は素材が何であれ、造形魔術全般を得意としている。

 百式三陣。
 傀儡人形の相手をさせるべく、俺は天を震わす吼え声をあげる、黄金の虎を九頭出現させた。
 その体躯は土塊に比べれば遙かに小さいが、四肢は疾風のような速さで空を自由に駆けめぐる。前脚の一振りと鋭い牙を駆使して、俺への攻撃に転じる暇を与えない。

「やってくれるではないか」
 プートがゴリラ胸の前で、金剛石をも砕きそうな両手をがっちりと合わせた。
「だが、そうでなくてはな!」
 耳をつんざく獅子の一吼え、自らの腕に術式をまとわせ、殴り合いを望むように拳を打ち込んでくる。
 こちらも防御魔術で全身を覆い、強打に耐えつつ、術式をまとわせた蹴りや殴打で反撃だ。
 結果、俺とプートの戦いは、少なくとも見た目には肉弾戦の様相を呈してきていた。

「ぬはははは! そなたとの戦いは、期待した以上に楽しいぞ!」
 余裕で笑うなよ、筋肉バカめ!
 なにが楽しいもんか、こっちはテンション上げられても迷惑だっての!
 なんとか致命傷は防いでいるものの、それでも防御魔術ではプートの魔術で強化された腕力と脚力、それに二本の尻尾を駆使しての攻撃の威力を無効にすることなどできず、俺はじりじりとかすり傷を負ってきている。
 対するプートの損傷具合は不明だ。俺の攻撃もまったくの無力ではないだろうが、少なくとも恍惚とした奴からは、痛手を感じている様子は見受けられないのだから。

 さすがにこれほど手強い相手と、全力をもって対峙した経験はない。
 だが魔力では劣っているはずなのに、それでも恐怖を感じないのは、相手にも俺にも殺気がないからか。紛れもなく全力でぶつかりあって、命はかかっているとしても。
 いいや、それどころか――
 はっ!
 ちょっと待て、俺。今まさか、「楽しい」と思いかけたんじゃないだろうな?
 ああ、やばい。脳筋バカが移りでもしたか。

 ――いいだろう。
 後には優秀な医療班が控えている。それを信頼して、いっちょう仕掛けてみようじゃないか。

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