古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第十章 大祭 後夜祭編】

149.ミディリースと彼女の家庭事情



 図書館と地下には結界と封印を施し、氷漬けのオリンズフォルトは開かずの間に一時的な結界を張って放り込んでおいてくれるよう、エンディオンに頼んだ。そうして俺自身は、いったん会食場に戻る。
 幸いにも陽気な千人たちには、階下の騒ぎは届いていないようだ。相変わらず、楽しそうにわいわいとやっている。
 俺は控えの間にセルクとジブライールを呼び寄せた。

「閣下。なにか、騒ぎがあったようですが」
 ジブライールが事件を察しているのは、ミディリースの様子を気にしていたこともあるだろうが、さすがは副司令官というべきか。
「筆頭侍従であるセルクには、適宜報告がいくだろうから、説明は彼に受けてくれ。その上悪いが、引き続き二人で一緒に会をもり立ててくれるか? もしかすると俺はこの後戻ってこれないかもしれないが、中止にはしたくはない」

 話の途中でミディリースの居場所を知らせる伝言が届いたため、俺はすぐに控えの間を出てしまった。
 その後は閉会には間に合ったものの、ほとんど会食には参加できなかった。相手をするといったくせに、という不満声も聞かれたが、急な仕事が入ったのでと謝ると、理解を示してくれた。
 そもそもアレスディアを囲んでいるデヴィル族の男性陣には、不満のあるはずもない。他の連中だって、本当のところは高位の俺などいない方が、遠慮なくバカ騒ぎができて楽しかったに違いない。
 とにかくこのときには詳しい説明もなく、ジブライールとセルクはただ「承知しました」と頷いてくれたのだった。

 そうして伝言のあった客室に向かい、その扉をノックして中に入ると。
「ちょっと、信じられない! いくらなんでも遠慮ってものがなさすぎじゃないですか!?」
 いらっ。
 そこにはなぜか、ユリアーナがいたのだ。

「お前に言われたくない。っていうか、なぜここに……」
 もう彼女に対しては、ぞんざいな感想しか沸かない。
 だいたい、アレスディアが帰ってきてもう二度と――は、さすがに大げさにしても、暫く会うこともないだろうと思っていたのに。
「なぜって、それまた失礼ですね。どういう意味です?」
「さっきの侍女はどこにいった」
「彼女なら、あの娘をお風呂に入れてますよ。わかります? 入・浴・中です」
「……」
「急に黙ったりして! まさか、覗こうとか企んでるんじゃないでしょうね! むっつりいやらしいことを考えてるんじゃないでしょうね!」
「お前は俺をなんだと思っているんだ」
「男はみんな、ケダモノよっ」
 やばい。ほっぺたムニるくらい、許してもらえるだろうか?

 そのまま時間が流れていれば、我慢できずにやっていただろう。
 だが間一髪、部屋の奥から件の侍女が顔を出したのだ。
「ユリアーナ。旦那様がいらしたの?」
「大丈夫、安心して! 私がここで食い止めてるから!」
 ユリアーナが大声をあげる。
「いくら旦那様だからって、覗かせたりはしないわ! あなたたちの貞操は、この私が守ってみせる! あひっ!」

 しまった。結局、我慢できなかった。
「ちょっとぉ! 痣になったらどうするんです!? 責任とってもらいますよ! でも旦那様はお断りですから、とっても優しくて頼りがいのある、素敵な人を紹介してくださいね!」
「バカなこといってないで、ユリアーナ。お茶を用意してちょうだい。申し訳ありません、旦那様」
 よかった。せめて一方がまともでよかった。
 同僚にたしなめられたユリアーナは、ぶつぶつ言いながら入り口を塞ぐのを止め、お茶の用意を始めた。
 俺は居室の長椅子に腰掛け、ミディリースが出てくるのを待った。

「あ、顔にはこだわりません。むしろ平凡な方がいいです。逆に多少ぶさいくでも、愛嬌さえあれば……」
「黙れ」
「早く飲まないとせっかくのお茶が冷めますよ。まさか妄想に忙しくて、喉も通らないとか? 最低だわ……」
「うるさい、妄想で語ってるのはお前だ。俺は猫舌だ」
「えぇ……せっかく入れたのに……」
 いくらお前がガッカリしてみせたって、絶対熱いうちは無理に口をつけたりしないからな!
 だいたいなんだ、さっきからのそのロクデナシ像は。ベイルフォウスでもあるまいし。
 そんな風に暫く、俺は忍耐力を試される羽目に陥ったのだった。

 ***

「少しは落ち着いたか?」
 茶を一口飲み、息を吐いたミディリースに声をかける。
 侍女たちには席を外してもらい、俺とミディリースはテーブルを挟んで向かい合わせに座っていた。
 風呂で身体が暖まったせいか、それとも温かい茶のせいか、色を失っていた頬には赤味が戻りつつある。

「閣下。あの……ほんとに、ごめんなさい……」
 うつむいた睫毛が、かすかに震える。
「いいや。ちゃんと二人の関係性を確認もせず、ただオリンズフォルトの言うことだけを信じて、ミディリースを危ない目に遭わせた……謝るのは俺の方だ」
「違う、閣下……悪く、ない。私……誰にも言ってなかったもの……」
「今だって、無理に言わなくていいぞ」

 本当は事情を知りたい。でなければ、対処のしようもないしな。だが、強要はすまい。
 ミディリースはやや逡巡を見せたあと、強く決意したように顔をあげ、すがるような瞳を向けてきた。
「閣下……お願い。無茶で、自分が身の程知らずなことを言おうとしてるのは、わかってる……でも……お願い……助けて……ください」
 彼女はそう、訴えかけてきたのだった。

「ボッサフォルトは、今はアリネーゼ大公の麾下……オリンズフォルトは、その孫……」
 ミディリースは、ぽつり、ぽつりと語り出す。
 さっきジブライールに聞きかじったことを、さらに詳細に、生々しく。それはもう、聞くだけで気分の悪くなる真実を。

 つまりそのボッサフォルトという侯爵が、領民である無爵の親たちから幼い少女を奪って、二度と生きては還さなかったことや、実際にその少女たちに行った、とてもまともな成人魔族がするとは思えないような所業の数々を。そんな侯爵に、成人しても少女のような外見であった自分の祖母、ロリーリースが目をつけられてしまったこと。

 その後の展開は、アレスディアの時と同じような流れだ。
 伯爵の妻ロリーリースは彼女の娘と外出中に、ボッサフォルトに拐かされたのだという。夫であり父である伯爵は、抗議のために侯爵の城を訪れた。俺の時と違うのは、その伯爵には侯爵を下す力がなく、自身が殺されて妻子はそのまま奪われて帰らなかったということだ。

 その時、祖母と一緒にさらわれたという彼女の娘が、ミディリースの母ダァルリースであり、その時すでに彼女のお腹の中にはミディリースがいたのだそうだ。ちなみにその母ダァルリースも、やはり祖母やミディリースのように、外見は幼いらしい。
 ダァルリースの夫は伯爵の屋敷で働いていた下僕の一人で、抗議さえできなかったのだろう、というのが祖母と母の見解だった、とはミディリースの言だ。
 つまり、ボッサフォルトはミディリースの祖父でも父でもなく、ミディリースとオリンズフォルトは奴が言ったような血縁関係には全くないのだった。
 おそらく自身との縁の薄さをごまかすために、嘘をついたのだろう。
 だが、とにかくミディリースは侯爵城で生まれ、育てられた。

 祖母も母も、ボッサフォルトの愛妾として、囚われの身となっていた。当然、ミディリースもそう扱われるだろうと、誰もが思っていた。
 だが、実際にはボッサフォルトはミディリースが幼いときばかりか、大して成長しない姿のまま成人しても、全く手を出さなかったそうだ。
 ただいやらしい視線には、常日頃からさらされていたという。

 周囲は不思議に思ったが、それにはもちろん、理由があった。
 ボッサフォルトには、母親が誰だかわからない子供が数人いたらしい。まあ、その子供たちが被った仕打ちもひどいものだったらしいが、この際それは直接関係のない話なのでやめておこう。
 とにかく、オリンズフォルトはその子供のうちの誰かが産んだ、ボッサフォルトの孫なのだという。それも、侯爵の血をひく中で、唯一彼にその性癖の似た――
 つまりボッサフォルトは、幼い時分から彼の“高尚な趣味”にいたく共感をみせたオリンズフォルトというその孫を、殊の外可愛がり、ミディリースを彼のために“取っておいた”というのである。
 それを知った母と祖母が、可愛い我が娘を、孫を、その毒牙から守るため、逃がそうと考えたのも当然ではないか。

「オリンズフォルトは、今の自分は、昔の自分ではないって……子供の頃は、祖父が怖かったから、あんな自分を演じていただけだって、言った……母さんを、一緒に助けようって……自分が力になるからって」
「それをそのまま、信じたのか?」
「信じ……たかった…………でも」
 ぶるり、と、その小さな肩が震える。
「そうじゃなかった……図書館に入ったら、豹変して……気持ち……悪かった。オリンズフォルトは、外見はそのままでも……中身は、最後に会った子供の時のまま……」
 ……茶々を入れる訳じゃないが、たぶん、子供の時のままだったのは服装もじゃないかな?

「なぜ、部屋に戻る前に、俺に相談しなかった」
「だ……だって、今回のことも……内緒だったから……」
 見上げるミディリースの瞳は、潤んでいる。
「オリンズフォルトが、閣下には、すべて、伝えてあるって……ボッサフォルトのことも……お母さんのことも……」
「そうか……そうだな」
 確かに動機は喜ばせようとしたことだとはいえ、俺はミディリースにオリンズフォルトのことを伝えなかった。話は通してあるのだと言われれば、信じるしかなかったのかもしれない。
「責めるように言って悪かった」
 ミディリースはうつむきながら、首を左右に振った。

「私、逃げようとした。でも、捕まって……力も、魔力も、強くて……」
 せっかく元に戻りかけていた顔色が、見る間に青ざめていく。
「抵抗できなかっ……」
 声がかすれ、とぎれた。
「大丈夫。もう二度と、あんな目にはあわせない。約束するよ」
 本当なら胸を貸してやりたかったが、あんなことがあった後だ。男に必要以上に触れられるのは、嫌かもしれない。だから隣に座って、頭を撫でてやることにした。

「おばあちゃん……死んだって……」
 スカートを握りしめる小さな手が、かすかに震えている。ぽつり、ぽつりと、堪えきれない落涙が、その甲を白く滲ませた。
「私を、助けたせいで……折檻されて…………」
「ミディリース、もういい」

 残虐は世の習いだ。
 弱者が強者に虐げられるのは、魔族の間ではとりたてて問題となることではない。ボッサフォルトの件も、子供を相手としたのでなければ、それほど悪名としては囁かれなかっただろう。
 もっともそれは強者の言い分で、虐げられた者の辛さは、いつの時代もどんな立場でも変わらない。

 俺はミディリースの手を取って目前にしゃがみ、その瞳をのぞき込む。
「俺に望むことを言ってみろ」

 始めに「助けて」と言ったミディリースも、事情を話すうちに気持ちが揺れたのか、こちらを見ない瞳にはためらいが揺れている。
「やっぱり、駄目……閣下にそんなこと……自分で何ともできないことを、頼める相手じゃない……」
「俺では頼りにならない、ということか?」
「違う、そうじゃなく……」
 ミディリースはまたも顔を左右に振った。
「そんな、立場じゃない……。だって、閣下は大公で、支配者で、偉い人……私はその、お城に勤める、ただの司書……無爵で、力のない……閣下とは……赤の、他人」
 堪えるように、ミディリースは瞳を閉じる。それはわき上がる望みを、断ち切るかのような仕草だった。

「そう、俺は支配者だ。その通り、魔族の強者に違いない。だから、自分の我が儘を通してもいいはずだろ?」
 ミディリースは震える瞼を開き、俺にすがるような瞳を向けてくる。
「それに、ミディリースはただの司書じゃない。魔族で本に興味を持つものなんて、どれだけいる? 君は、俺にとって大事な同士だよ」
「で……でも……、ボッサフォルトは閣下の配下じゃなくて、アリネーゼ大公の……」
 確かに、俺の配下ならもっと簡単な話だったんだが、他の大公の麾下となると、俺自身が直接の無礼を蒙ったわけでもない現状、相手を一方的にどうこうするわけにもいかないだろう。だが、それをミディリースに言ってどうなる。

「心配するな。大公には大公同士の、付き合い方というものがある」

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