古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第十章 大祭 後夜祭編】

156.ジブライールさんの隠れた本性?



「きゃあ! あ、も、申し訳ありません!」
 ジブライールの悲鳴と詫びを聞くのは、これで五度目だ。
 一度目はグラスに注ぐ酒がこぼれたからで、二度目は取り分けられた料理が皿から落ちたから、三度目はスープをこぼしたからだし、四度目はフォークを渡そうとして俺の手を突いたから、そして今の五度目が俺のスープにサラダのソースを振り混ぜたから、だ。

 ……どうしよう。知らなかった……。
 ジブライールがこんなにもドジっ()だったなんて!
 いや、多少天然なんだろうとは思っていた。だがまさか、こんな……ここまで……。
 自分で自分の食事を取り分けているリリアニースタなんて、すでにもう何杯も酒を飲み、何品も固形物を口にしているようだが、俺は酒の一杯以外は、スープの一滴すら口に運んでいない!

「いや、気にするな……慣れないことをしているんだ。多少のミスもあるさ……」
 多少どころか、全敗だけどね!
「す、すみません……本当に……私、不器用で……」
 ジブライールさんが涙目になっている。せっかく着飾ったドレスだって、なんやかんや飛び散って、賑やかだ。
 ……うーん。
「だから、嫌だって言おうとしたのに……」
 ああ、ドジっ娘の自覚があったのか……そうなのか……。

「よし、こうしよう」
 俺はため息をごまかすように、大きな声を出す。
「各自、自分の分は自分で取る。そうしよう! そもそも給仕がいないのに、ジブライールがその代わりをするってのがどうかと思うんだ。リリアニースタも、礼儀は忘れてと言っていたじゃないか」
 とりあえず、一度は言われた通りやってみたのだから、お母さんもご満足いただけただろう。
 ダメだと言われたら、権力で強引に事を運んでやる!
 だが否とは言うまい。リリアニースタだって、そのつもりのはずだ。
 なにせこの食卓に席は三つ……。扉のすぐ近くにはリリアニースタが、その正面に俺が、そして俺の右手には空の椅子があるのだから。
 案の定、リリアニースタはにっこりとほほえみを浮かべ、ジブライールに空席を示した。

「よかったわね、ジブライール。ジャーイル閣下のお許しをいただいたのだから、あなたもありがたく座ってお食事をいただきなさい」
 あれ? 待ってください。俺は最初から、お許しだったのですが。
 しかし反論・疑問は差し挟むまい。こういう時には、黙っているに限る。
 気の強い女性を相手に頑張って、いい思いをしたことがないのだから。
 とにかく、これからは俺もハラハラせず、しばらくは落ち着いて食事をとれるということだ。

「ほら、早くお座りなさい。いつまでも横に突っ立っていられても、閣下もお困りでしょう?」
 勝手な言い分を展開させ、リリアニースタは並々と酒を注いだグラスを娘に渡す。
「閣下、失礼いたします」
 ジブライールは母親からそのグラスを受け取って、俺の右隣の空席に腰掛けた。
 よほど緊張していたのだろう。ホッとしたように息をつき、その赤い酒を一気に飲み干した。

「……しかし、ジブライールがまさか、絵を得意としているとは思わなかった」
「え?」
「……え?」
「……え? 私は絵など、ほとんど描いたこともありませんが……。あの、それはどういう……」
 俺はリリアニースタを見た。
 彼女は俺と娘の会話など耳に入っていないかのように、淡々と食事をすすめている。
 その様子を見て、理解した。娘は肖像画のことなど、何一つ母から聞かされていない、ということを。

「リリアニースタ。どういうことか、説明してくれ」
 俺がせっつくとようやく、リリアニースタは手をとめ、俺たちに視線を寄越す。
「ジブライールも知っているでしょう? 一位の奉仕に当たった者は、誰かに描かせた肖像画を一枚、得られるということを。その制作を、あなたに任せることにしたのよ」

 したのよって、お母さん!
 誰かにって言っても、通常は画家に頼むんじゃないでしょうか、お母さん!
 なんですか? 可愛い娘が描いたものなら、落書きでもとっておきましょうとか、そういう感覚ですか、お母さん! 食器棚の粘土みたいに?
 それとも俺を描くのに画家を頼むだなんて、才能の無駄遣いだとでもいうんですか、お母さん!
 どちらにしたところで、せめて娘本人には許可を取りましょうよ、お母さん!
 ……ところで何で俺、お母さんって呼んでるんだっけ。

「私がジャーイル閣下の肖像画を!?」
「そう。絵の制作には、食事が終わってすぐにとりかかってもらいます。明日、ジャーイル閣下が帰られるまでの一晩、じっくり閣下に向き合って、一枚仕上げてちょうだい。全部あなたに任せるから」
 ん? んん??
「そんな、無茶です! 私に絵など描けるはずがっ! しかもたったの半日で」
「やってもみないで、なんです。母はあなたをそんな風に育てた覚えはありません。あなただってやってみたから、今の地位にあるのでしょう。同じ事です。誰も、うまく描けとは言ってもいない。そんなことは期待していないんだから。ただ、あなたが普段から見てる閣下を、そのまま描けばいいのよ」

 んんん?
 ちょっと待て。
 俺が帰るまでの一晩、じっくり向き合って……って、言ったように聞こえたが。
 つまりなに、俺は徹夜で絵のモデルをつとめねばならないと?

「どんな絵でもいいなら、お母様が描かれてはいかがです!?」
「あら。私に夫以外の男性と、同じ部屋で一夜を共にしろとでもいうつもり? お父様が聞いたら怒り狂うわよ」
「私が二人っきりにはさせません! なんのために今日この席にいると思っているんです。ご安心を!」

 えっ。もしかして、ジブライール……監視役だったのか?
 俺のこと、そんなに信用できない……とか? 母親に手を出すと思われていたってことか?
 いや、まあ……やましい気持ちが全くなかったか、と問われれば……でも、それくらいは男だったら多少はしかたないだろ!?

「でも残念ね。会話を楽しむのも、ここまでかしら。そろそろよい頃合いだわ」
 リリアニースタはナプキンで口元を拭うと、優雅に立ち上がる。
「では閣下。私はこれで、失礼いたします。夫が寂しく一人で待っているものですから」
「お母様!?」
「後は娘とごゆっくり……よろしくお願いいたしますね、ジャーイル大公閣下」
「は!?」
 えっ。ちょっと待って。意味がわからないんだけど、ちょっと待って。

「リリアニースタ、どういうこと――」
 俺がリリアニースタを問いつめようと、席を立った時だった。
 突然、隣の席から食器の割れる、甲高い音が響いたのだ。おかげで何事かと、ビクッとしてしまったじゃないか。
 振り返ると案の定、床には皿やグラスの割れた破片が散らばっている。いや、それだけじゃない。肉や野菜、酒の中身もぶちまけられていたのだ。
 こんな時にまでドジっ娘発動とか、勘弁してくれ、ジブライール!
 それともキレたのか? いつものように、キレて料理にあたったのか!?

 ジブライールはテーブルに両手をついていた。次の瞬間、その体がふらりと揺れ――
 彼女は膝から崩れ落ちたのだった。
「ジブライール!?」
 その体を慌てて抱き留める俺。
「う……」
 華奢な身体は、小刻みに震えている。彼女は耐えかねたように胸の辺りに両手を抱え込み、身体を丸めてしゃがみ込んだ。

「おい、リリアニースタ、これは一体――」
 だが、仰ぎ見たそこに、リリアニースタの姿はない。いいや、そこだけではない。この食堂のどこにも――
 部屋を出ていった、だと!?
「ちょっと待て! 娘がこの状態なのに、なにを考えてる」

 俺はとにかくジブライールを抱き上げる。すぐに大公城に戻り、医療班に診せなければ!
 魔族に効く毒でも盛られたのかというほど、苦しんでいるのだから。
 だが、まさか実の母親が、そんなことをするわけはないよな?
 でもならどうして、リリアニースタは逃げるようにいなくなった?
 ああ、考えるのは後だ。

 食堂のドアを蹴破って、ホールに出る。玄関扉に向かおうとした瞬間、ジブライールがうっすらと目を開け、俺の襟元を苦しそうに震える手でつかんだ。
「閣下……二階に……」
 息も絶え絶えだ。
「二階? そこに解毒剤でもあるのか?」

 魔族に効く毒がそもそも稀なのに、普通に解毒剤が常備してあるって、どういうことだ!
 まさか、家族内で普段から毒を盛りあってるのか?
 いや、もしかしてリリアニースタが姿を消したのも、本当にこの別荘を出ていったのではなく、二階に薬を取りにいったとか!?

「……お願いします」
 ジブライールは弱々しく呟く。
「わかった」
 俺は方向転換し、突き当たりの階段をかけあがる。
 二階にたどり着くと、そこには手すりのある踊り場と、その奥にやはり扉が一つ、あるきりだった。

「部屋に……」
「わかってる」
 今度は扉を乱暴に蹴破ることもせず、ちゃんとドアノブを回して入室する。
 そこは、寝室のようだった。部屋の真ん中に、俺の寝室にあるほどの広さの寝台が置かれてある。
 枕は三つ。
 奥には扉があるが、その大きさからいって衣装部屋に続くものだろう。
 下にあったような雰囲気の、家庭的な二、三の収納棚と小さな書き物机の他には何もない。
 前室もない寝室だなんて、よっぽどこの別荘は小さいと見える。
 俺はとにかく、ジブライールを寝台に横たえた。

「それで、薬はどこだ?」
 すぐさま解毒剤を探そうと立ち上がりかけた俺は、ジブライールに思いもよらない力で腕を引かれ、寝台の上に尻餅をつく。
「閣下……ジャーイル様……」
「どうした、ジブライール。そんなに苦しいのか?」
 俺を思わず引っ張ってしまうほど?
 目が、トロンととろけそうではないか。
「解毒剤など……いりません……」

 ……え?

 一瞬、意味が分からずキョトンとする俺。
 ジブライールはそんな俺の腕をさらに引き――
「毒になど、私は冒されていないのですから――」
 ちょっと待って。あれ? あれ?
 これ、おかしくない?
 え? ちょっと待って。
 なんで俺、仰向けになってるの?
 え、ちょっと待って。
 なんでジブライールは俺にのしかかってきてるの?
 まるで獲物を見つけた、獣のような目で!

「この日を待ち望んでいました」

 !?
 ちょ……っ!
 ちょっと待っ!!!

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